2019年9月15日日曜日

特別展示 奈良大和四寺のみほとけ⑦(室生寺十一面観音)

今回の「奈良大和四寺のみほとけ」の目玉は室生寺の釈迦如来と十一面観音だろう。十一面観音は見仏記のみうらじゅん氏に言わせると「ピンで写真集が出せる」ほど人気な仏像だ。実は昨日も東博を訪問し十一面観音を拝観してきた。見仏記のみうらじゅん氏・いとうせいこう氏のトークショーを聞きに行くため出かけた。東洋館のシルクロード美術や法隆寺宝物館の伎楽面を見てから本館11室に向かった。会期終了まで10日の三連休初日とあって込み合っていたが、難陀竜王・室生寺釈迦如来などをじっくりと鑑賞した。十一面観音は室生寺で見るより高い台のうえに展示されていた。トークショーでいとうせいこう氏が言っていたが、十一面観音と目線が合うように展示されているとのこと。見仏記によると「ふくよかに皮膚が張りつめた頬や少し短めの足からすると(中略)この観音も童子的な形態を意図して作られたのかもしれなかった」とのこと。私は童子的というより溌剌とした少女をこの仏像から感じた。トークショーは11室の入口で販売していた御朱印入り大和四寺巡礼服でお二人が登場して今回展示されていない安部文殊院の文殊菩薩や岡寺・長谷寺の仏像を見仏記掲載のみうらじゅんイラストを中心としたスライドショーや土門拳クイズなどで大いに盛り上がった。「奈良大和四寺のみほとけ」を二倍楽しむことができてよかったと思う。

2019年9月8日日曜日

特別展示 奈良大和四寺のみほとけ⑥(室生寺地蔵菩薩)

今回の特別展示「奈良大和四寺のみほとけ」の目玉の展示が国宝室生寺十一
面観音と地蔵菩薩だ。二人とも美しい薄い光背ごと展示されている。十一面観音は国宝でもあり素晴らしい仏像だが、地蔵菩薩がなぜ選ばれたか会場で目にするまでわからなかった。近づいてみるとその光背の美しさに目をみはった。周りには地蔵菩薩などの仏が描かれているが色彩表現が華麗で優美だ。東博ブログによると「面貌や肉身部分を朱線で描き(中略)絵画として地蔵を表した例としては現在最古といえるでしょう。」とのこと。地蔵菩薩の頭と光背があっていないのは三本松にある安産寺の地蔵菩薩がもと室生寺にあり、それ用につくられたものだからだ。魅惑の仏像「奈良室生寺十一面観音」で小川光三氏が再現した写真を見たことがあるがぴったりだった。板光背の地蔵菩薩の唐草文の先端はひるがえって火焔になる躍動感は見事。仏像の横を見るとその板光背の薄さにびっくりした。ここ上野で見られる喜びを噛みしめ次の展示に向かった。

2019年8月31日土曜日

特別企画 奈良大和四寺のみほとけ⑤(長谷寺の難陀竜王)

今回の「奈良大和四寺のみほとけ」ではじめて拝観したのが長谷寺の難陀竜
王だ。長谷寺では本尊十一面観音の脇にある高い壇上の厨子にあり、大阪での展覧会には出展されたらしいが、いかなかったので今回はじめてお会いした。東博ブログによると「難陀」とはサンスクリット語の音写で幸せ喜びという意味だそうだ。三十三間堂で難陀竜王を見たが鎧武者の姿だが、長谷寺像は中国の役人の姿で表現されている。これは中国道教の影響を鎌倉時代に受けて製作されたからだそうだ。長谷寺の難陀竜王が手に持つのはお盆で角のある動物が五つ表されているが、牛のように見えるが竜だ。中国の道教・日本の陰陽道で雨乞いにまつわる五竜を表している。今度みうらじゅん氏・いとうせいこう氏の「奈良大和四寺のみほとけ」の講演を聞きにいくが、彼らが難陀竜王をどう突っ込むか今から楽しみだ。再訪して作品をじっくり見てから楽しみたいと思う。

2019年8月24日土曜日

令和京都非公開文化財特別公開:番外編(同聚院不動明王)

今年の春、令和京都非公開文化財特別公開を鑑賞する間に、東福寺の塔頭、
同聚院に向かった。お寺につくと門前に多くの善男善女が並んでいた。不動明王目当ての列かと見ていたら、御朱印目当ての女性が多くご本尊を拝観する人はまれのため、拝観料を払って静かに不動明王に対することができた。この不動明王は定朝の父、康尚の一木造りのいわゆる「大師様」の不動明王だ。康尚は寺に属さず工房を営む初めての仏師で、この不動明王は藤原道長が造った法成寺五大堂の本尊とみられる。山本勉先生著の「別冊太陽仏像」では後補である両脚部や剣がない写真であったが、お寺では剣を持ち火焔光背をつけ薄暗い中どっしりと座っている印象だ。山本先生によると「頭部が小さくあまり肥満の見られないスマートな体形で忿怒(ふんぬ)の表情もあまり見られない」とのこと。薄暗がりの中だろうか私は十分迫力を感じた。念願の康尚の仏像を見て大満足して令和京都非公開文化財で沸く聖護院に向かった。

2019年8月17日土曜日

摩訶耶寺の不動明王

大河ドラマで有名な龍潭寺を拝観したあとタクシーで予約していた摩訶耶寺
に向かった。ここは奈良時代に聖武天皇の祈願所として行基が開創した寺で先ほど訪れた方広寺のある奥山にあった新達寺が前身とされる由緒あるお寺だ。寺を訪ねると若いご住職が明日のお盆の施餓鬼法要の準備で大露わな様子だったが、本堂に続く収蔵庫に案内していただいた。収蔵庫には三体の仏像が祀られており、右から平安時代末期の国指定重要文化財不動明王、中央が平安時代末期の静岡県指定文化財の阿弥陀如来、一番奥にあるのが国指定重要文化財の平安時代中期の千手観音だ。御住職の簡単な説明のあと一人収蔵庫に残りじっくり仏像を鑑賞した。千手観音、阿弥陀如来は見るべきものもあったがさほどではなかった。やはり一番印象に残ったのが不動明王だ。頭髪を巻髪とし、左耳の前に弁髪を垂らす。面相は目が天地眼で、牙を上下に表す典型的十九観不動の姿をとるが、腰を捻って上半身を右に寄せる姿勢には動きが感じられる。体のガッシリさに比べ両腕・両足は反対に華奢であり、このアンバランスが強い印象を生んでいる。衣文線の彫りも深くアクセントをつけている。光背はないが多分、大分の真木大堂で見た迦楼羅炎の火焔光背であったであろう。このお寺には頼朝伝説があり施餓鬼の前の忙しい中説明いただいた御住職にお礼を言い、うなぎ食べ放題が待つ温泉宿に向かった。

2019年8月10日土曜日

金蓮寺の阿弥陀三尊


浜松三河仏像巡りの最後を飾るのは三河七御堂で唯一阿弥陀堂が残る金蓮寺だ。名鉄吉良吉田駅からタクシーで向かうと、高齢のご住職に代わり地元のボランティアの方が阿弥陀堂を案内していただいた。金蓮寺は行基創建と伝えられる古いお寺で、鎌倉幕府最後の御家人安達盛長が三河にこのような阿弥陀堂を作った三河七御堂の一つとのこと。金蓮寺弥陀堂は国宝に指定されている鎌倉時代の阿弥陀堂の白眉だ。ボランティアの方によると高野山の不動堂を手本に作ったとのこと。弥陀堂の外観の説明をじっくり受けてから堂内に上がった。阿弥陀三尊は中央の須弥壇に座しており、仏像が重文指定されていないので、地元の企業と有志によって修復されていた。たまたま修復前の写真を持っていたので、ボランティアの方に見せると二重円光背の外に透かし彫の光背が荘厳されていたが、お寺でしまっているとのこと。随分ゆっくり話てしまったがボランティアの方にお礼を言って猛暑の中名古屋に向かった。

2019年8月9日金曜日

方広寺の釈迦三尊

本日から浜松三河の仏像巡りをしている。浜松駅に降りて最初に向かったの
が、方広寺だ。奥山で降りて受付を済ませから本堂に向かう。路傍のお地蔵さんに励まされながら、猛暑の中本堂に着いた。方広寺は後醍醐天皇の王子が仏門に入り南北朝時代に創建された寺院だ。本堂には、東博の禅展で見た釈迦三尊が祀られていた。院派の院遵・院廣・院吉作で室町時代に作られていた。院派は足利時代に重陽された仏師集団で足利将軍家に用いられ京都の等持院などで活躍している。仏像は元は茨木県の寺にあり水戸黄門の修繕の記録があるが、明治になって本山方広寺に移された。後醍醐天皇ゆかりの寺に足利将軍家と親しい院派の仏像があることに不思議な縁を感じた。脇侍は普賢菩薩が象の上で両手で花を携え、文殊菩薩が獅子の上に剣を持って乗る本来のかたちで、ライトアップされ光輝いているのが良かった。帰りに方広寺の写真集を買って次のお寺に向かった。

2019年8月7日水曜日

特別展「東寺」④(金剛夜叉明王)

6月にVR「空海祈りの形」を東洋館地下のミュージアムシアターを見たが、
解説の女性からは特に真新しい事は聞けなかったので、たいしたことなかったがやはりリアルな仏像の展示の方が印象に残った。「空海と密教美術展」でも仏像曼荼羅は構成されて展示されていたが、今回は明王が不動明王を除いて4明王が揃った。「仏像のみかた」のミズノ先生によると「五大明王像は顔や腕がいくつもあって、みるからに異様というか、恐ろしいですね。」とのこと。今回は前回展示されなかった「軍荼利明王」と「金剛夜叉明王」に注目した。「金剛夜叉明王」は顔が三つで、正面の顔は目が五つある異形ながら違和感なくまとめられている点は見事。「金剛夜叉明王」は五大明王の金剛薩埵を意識して金剛鈴と金剛杵を持っている。空海が造東寺所の責任者を務めており熱心に監督したに違いない。今回間近に見る機会が出来てよかったと思う。

2019年8月3日土曜日

特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」④(長谷寺金銅十一面観音)

「奈良大和四寺のみほとけ」の会場の11室で最初に出会うのがこの長谷寺金
銅十一面観音だ。長谷寺の本尊は像高10メートルだが奈良時代から七度の焼失に会い、八度目の室町時代が今に残っている。鎌倉時代にはあの快慶が4度目の再興を担当し、快慶展では弟子長快の十一面観音が展示されていたが、こちらも鎌倉時代の作で長谷寺の宝物殿にある仏像だ。像高は70センチと小さいが金銅仏は各部分を別々にまるで寄木造のように作っている。長快の像は錫杖を持っていたが、この像は手に添えており本来の長谷寺式十一面観音ではない。この仏像の最大の見どころは宝相華唐草文の透かし彫りの光背であろう。オ-プニングを飾る美仏に出会い幸先よく次の展示に向かった。

2019年7月27日土曜日

特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」③(室生寺釈迦如来)

平成22年の夏、平成25年秋、そして今年の春と室生寺釈迦如来にお会い
しているが、いつ見ても素晴らしい仏像だ。しかも今回は露出展示で東博本館11室に展示されていたので、友人とともに仏像に感動して立ち止まってしばらく見ていたほどだ。なんといっても着衣の翻羽式衣文(ほんぱしきえもん)がすばらしく図録にも一木造の真骨頂と書かれていたのもうなずける。今回改めて知ったのだが、室生寺は平安京に遷都した桓武天皇が皇太子の時、病気平癒を祈祷して造られたお寺で、当時の本尊がこの釈迦如来だ。長く客仏だと言われてきたが、東博も慎重に「創建当初の本尊であった可能性がある」と言及している。今の本尊は金堂の釈迦如来だが、今回の特別企画のコンセプトでは本尊は奈良でそれ以外この特別企画でご覧いただきたいとのこと。本尊が東博で見られないのが残念だが、本尊級のすばらしい仏像が目白押しなので何度も足を運ぶ人が多いというのもうなずける。多くの写真家がこの釈迦如来の横顔の素晴らしさを作品で表しているが、今回じっくり見て納得がいった。室生寺の十一面観音や地蔵菩薩も気になるので次の展示作品に向かった。

2019年7月19日金曜日

日光山輪王寺の三仏尊

毎年夏には遠出を計画している仏像クラブだが今年は満を持して日光山輪王
寺を参拝した。平成25年に末寺の中善寺に立木観音を参拝した以来5年ぶりになる。東武日光駅で観光ガイドのおじさんから入手した情報によると本日は三代将軍徳川家光の墓所があり仏教美術の宝庫である「大猷院(だいゆういん)」が午前中のみの参拝のため急いで世界遺産めぐり手形を購入してバスに乗り込んだ。輪王寺に着くとすぐ常行堂に参拝し平安時代の阿弥陀五尊像を拝観した。その後、「大猷院」に向かい仁王門の金剛力士、二天門の持国天・広目天、夜叉門の4体の夜叉を参拝して、重文の唐門から「権現造」の国宝拝殿の中に向かった。大猷院は家光が徳川家康の東照宮より派手にならないように黒を基調とした拝殿になっており落ち着いた感じがよかった。その後三仏堂に向かい増高7.5メートルの阿弥陀と千手・馬頭観音を拝観した。9年の修復を終え今年から参拝できるようになった三仏尊は地下の回廊から見上げると、とても迫力があり結縁もでき参拝できてよかった。お寺の僧によると修復に修復を重ねたためいつの時代のものかわからないとのこと。以前参拝したU案内人は様式からして室町時代を下らないだろうという見解だった。輪王寺だけで2時間参拝したので駅前の食堂に向かい湯波づくしの料理を食べながら今見て来た世界遺産輪王寺についておおいに語る仏像クラブの面々だった。

2019年7月13日土曜日

特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」②(岡寺の菩薩半跏像)

岡寺の開基は飛鳥時代後期から奈良時代初頭に活躍した義淵僧正だが、義淵
僧正はかつて天武天皇の息子で壬申の乱に活躍した草壁皇子と共に育ったため岡本宮を与えら岡寺を創建したとのこと。この仏像は創建当初から伝えられた仏像で岡寺の高さ5メートルの本尊如意輪観音の胎内仏として伝えられた。東大寺にも聖武天皇の念持仏で同様の菩薩半跏像が伝えられているがこちらは岡寺の歴史にかかわる遺品としか図録には書かれていないが、念持仏であったのか。義淵僧正が草壁皇子に関わることからその母で天智天皇の娘で天武天皇の夫人持統天皇ではないかと私は考える。早くに息子草壁皇子を亡くし、孫の聖武天皇の成長を祈ったのではないだろうか。仏像を前そのようなことを考え次作品に向かった。

2019年7月6日土曜日

特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」①

先週の土曜日、以前楽しみにしていた特別企画「奈良大和四寺のみほとけ」
を鑑賞しに東博に出かけた。この企画展では奈良県北東部に所在する岡寺、室生寺、長谷寺、安部文殊院の四寺から国宝4件・重文8件を含む名品を展示するとのこと。今年の春に「うましうるわし奈良キャンペーン」を奈良大和四寺でやっており品川駅のサムネイル画像でご本尊の姿を毎日見て盛り上がっていたが、ついに室生寺の十一面観音や釈迦如来に再会できると思いあいにくの天気だったが心晴れやかに東博に向かった。東洋館VRシアターで「空海祈りの形」をみてから東博本館に向かうと室生寺釈迦如来の横顔の大きなバナーが見えて来た。いつもの11室に入ると国宝・重文のすばらしい仏像であふれていた。入口には銅造の長谷寺十一面観音が展示されており中のガラスケースには岡寺の名品、菩薩半跏像が展示されていた。露出展示のコーナーでは岡寺の義淵僧正や国宝室生寺釈迦如来が展示されており、一番奥にはなんと室生寺十一面観音と地蔵菩薩が薄さ数センチの光背をつけて展示されていた。向かって左の露出展示には長谷寺の灘田竜王や赤精童子がお寺で拝観するより間近に鑑賞することができた。室生寺では展示施設を建設中らしくこの機会を逃すと身近に十一面観音を鑑賞する機会を逃すところだった。観覧料620円でこれだけ卓越した造形の仏像を鑑賞する機会に恵まれ大満足で東博をあとにした。

2019年6月29日土曜日

特別展浄土宗七祖聖冏(しょうげい)と関東浄土教①

16日のことになるが、紫陽花休暇で三連休だったため県立金沢文庫に「特別
展浄土宗七祖聖冏(しょうげい)と関東浄土教」を行った。聖冏上人は法然以後の浄土宗の基礎を築いた茨城県常福寺の僧で、芝増上寺の礎の一端を築いたとのこと。最初はあまり興味がなかったが、仏の瀬谷さん肝いりのプレスリリースを読み俄然興味がわいてきた。プレスリリースのタイトルは「那珂市浄福寺から貴重な鎌倉時代の仏像2件を発見。1、水戸黄門の所持した鎌倉時代最小の仏像2、浅草寺の柱で作った仏師快慶派の観音像」これは行かなくてはと思った。1階で聖冏上人像の説明を受けてから2階でポスターの表紙になっている銅造阿弥陀如来を鑑賞した。最近読んでいる「ミズノ先生の仏像のみかた」によると古代は蜜ろうで作っていた銅造仏像を鎌倉時代に入ると、木と土で作っているという。薬師寺の薬師如来に比べると表面の滑らかさが劣るように見えた。その後プレスリリースで書いてあった二つの仏像や贅をつくした水戸黄門の厨子に感動して会場をあとにした。

2019年6月22日土曜日

快慶展⑪(醍醐寺三宝院弥勒菩薩)

奈良博で快慶展が開催されてから2年経ったがいまだに快慶ブームが続いてい
るようだ。昨年も東博で「特別展京都大報恩寺快慶・定慶のみほとけ」が開催され、つい先日物議をかもした「運慶と快慶新発見!幻の傑作」という番組も放送された。いまだに思い出すのが奈良博特別展「快慶」の入口に展示されていた醍醐寺三宝院弥勒菩薩だ。一度、醍醐寺秋の特別公開で参拝した弥勒菩薩だが奈良博のドラマチックな照明に照らし出された仏の姿は感動ものだった。奈良博の山口研究員も「月間大和路ならら」で語っていたが「デビュー2作目目、個人的には最初期にして随一といえるほど優れた傑作です。」とのこと。後白河法皇追善の供養仏として製作され金泥塗を用いた最古の仏像だ。雨の日暗いお堂のなかでも渋く光っていた金泥塗のこの仏像が照明が当たることで落ち着いた光を放っいた。その秘密は金泥の製作方法にあり、粉末にした金箔が受けた光を乱反射されているからだ。快慶ワールドが一気に広がった感じがした忘れられない快慶仏だ。

2019年6月15日土曜日

特別展東寺③(兜跋毘沙門天)

特別展東寺は40万人以上の来場者を迎え今月初めに終わったが、その第二会
場で怪しい黒い目で来場者を睨み付けていたのが東寺の兜跋毘沙門天だ。「仏像のみかた」のミズノ先生によると「目が光っていますが、これは黒い石を入れているためです」とのこと。芸術新潮の「オールアバウト東寺」によると仏像は魏氏桜桃(ぎしおうとう)という中国特産の材で造られたとされており露歯の珍しい表現だ。また東寺を修復した運慶が兜跋毘沙門天を真似て願成就院の毘沙門天を作っている。兜跋毘沙門天は像高190センチあまりだがポーズや甲冑のデザインも似ているとのこと。最近放送されたNHKスペシャルで兜跋毘沙門天を二鬼を従え支える地天女が運慶作ではないか調査する様子が映し出されたが結果違うとのこと。東寺に平安時代中期に来る前は羅生門の楼上に安置されていたという来歴から当然の結果だろう。「空海と密教美術展」以来の再会となったが今回は東寺に絞った展示なのでより深く兜跋毘沙門天のことがわかりよかったと思う。



2019年6月9日日曜日

平成31年新指定国宝・重文展(香薬師堂の地蔵菩薩)

平成31年の3月に発表された新指定国宝・重文(彫刻)のなかでこれはと思
ったのが、新薬師寺の地蔵菩薩(おたま地蔵)だ。いまから25年以上前に出版された「見仏記」の初回本にも掲載されていたが、印象に残ったのが「TV見仏記」の放送でこのおたま地蔵が紹介されたときだった。裸形像は「馬陰相」という男性器つまりペニスをつけており、みうらじゅんがいとうせいこうの誕生祝にそのレプリカをプレゼントした映像が流れていた。おたま地蔵は裸形の仏像で浄瑠璃の平家残党景清にちなみ景清地蔵が昭和58年の修理の際木造の衣の下に裸形の地蔵が発見された。景清地蔵と一回りしか違わない大きさで顔は複製に本来の頭部・着衣をつけ復元した「景清地蔵」と展覧会ではなぜか顔のない裸形像二体が重文指定されたとのこと。いずれも鎌倉時代の仏像で新薬師寺の敷地内にある盗難にあってつい最近「右手」が発見された香薬師如来のあった香薬師堂に収められている。私は「馬陰相」をじっくり見てから展覧会を後にした。

2019年6月1日土曜日

八王子・清鏡寺の十一面観音

今週の日曜日真夏のような暑さの中仏像クラブで初めての八王子の仏像巡り
を行った。当初予定したお寺が連絡が取れずに八王子大塚の清鏡寺に連絡しご住職不在であったが快く拝観に応じていただいた。清鏡寺は帝京大学のある八王子大塚の近くで、階段の上の観音堂で連絡をとり本堂の中のガラスケースになっている収蔵庫を見せていただいた。ガラスケースの中には二体の仏像が安置されており、本尊の秘仏千手観音は平安後期以降の作。そして客仏の像高90センチあまりの十一面観音を拝観できた。ブログによると近年修理され近世の彩色が除去され金を基調とした古色に仕上がられている。観音は鎌倉期の仏像らしく理知的な顔立ちをしており手に持つ水瓶や衣文の襞を多く刻んだ入る装飾性に優れた仏像だ。本尊の千手観音も小像ながら真数千手で仏像クラブの面々も食い入るように見ていた。八王子に行き資料館の白鳳仏を見てから遅めのランチを本格的割烹料理屋の1Fの食堂ランチをいただき会員から話が出た八王子芸者のお練り巡業を見て一同満足して帰路についた。難航していたお寺選びだったが思ったよりいい仏像に出会えやはり開催してよかったと思う。

2019年5月25日土曜日

密教彫刻の世界②(内山永久寺の愛染明王)

特集「密教彫刻の世界」では初期・中期・後期密教の仏像が見られる。初期密教の代表作が「三蔵法師の十一面観音」で同じみの談山神社の十一面観音で、中期密教は運慶作「大日如来」後期密教がチベットの仏像だ。1089ブログでも学芸員が「空海の伝えた中期密教がいわゆる日本の密教イメージなんだけど、本当はその前も後にも密教がある。この特集ではそれを紹介したくて、全部ひっくるめた密教を感じてほしいと思って企画した」とのこと。ここで紹介する内山永久寺の愛染明王は中期密教の仏像で、大日如来、不動明王、愛染明王が全部中期密教の経典になって新しく出てくる仏様とのこと。初期・中期・後期密教の仏像を一同に会して展示する東博の館蔵品の多さと質のよさに感動して国宝・重文展に向かった。

2019年5月18日土曜日

特別展 国宝東寺②(金剛業菩薩)

特別展国宝東寺の最大の見どころは仏像曼荼羅であろう。仏像曼荼羅は立体
曼荼羅とも呼ばれ平面に絵で描かれていた曼荼羅を初めて多くの仏像を規則正しく並べる曼荼羅の世界を約1200年前の京都に出現させた空海プロデュースの仏像空間だ。本展では講堂の仏像21体のうち、なんと15体が東博にお出ましになるとのこと。平成23年の「空海と密教美術展」では来なかった五仏のうち4体と国宝の菩薩4体もすべて揃いじっくりと味わうことができた。普段講堂の後ろの薄暗いところに安置されている一番保存状態がよい金剛業菩薩も360(サブロクマル)で拝観できた。金剛業菩薩をはじめとする四菩薩は平安時代の一木造りの名品でペースト状の木屎漆を塗って毛筋彫りをほどこすなど、天平時代の技法を引き継いでいる。四菩薩それぞれいいのだがやはりグッときたのが金剛業菩薩だった。最近読んでいる「ミズノ先生の仏像みかた」の著者水野先生によると「五菩薩の両ひざが台座の蓮華座からはみ出ているのは奈良時代までにはなかった新しい形で、像が身を乗り出してくるような動きと力を感じさせます」とのこと。仏像の迫力を会場で感じたのはそのことが理由だと納得した。知れば知るほど魅力的な仏像曼荼羅だった。


2019年5月12日日曜日

令和京都非公開文化財特別公開③(積善院の不動明王)

令和京都非公開文化財特別公開で訪問するお寺を物色していたとき、朝日新
聞デジタルの聖護院・積善院の記事が目に留まった。見出しに「法難を越えめぐり合った積善院の不動明王像公開へ」とあり積善院は聖護院八ツ橋でおなじみの聖護院の塔中だという。東福寺塔中同聚院訪問を予定していたので、京阪最寄駅から歩いて10分の聖護院を訪問先に決めた。同聚院で康尚の不動明王を拝観してから京阪で神宮丸太町駅で降り途中聖護院八ツ橋の店で道を聞きながら聖護院へ到着した。聖護院は拝観者も多くお目当ての不動明王もよく拝観できなかったので早めに積善院へ向かった。京都非公開文化財特別公開でおなじみの学生風の女性がファイルを見せながら手際よく説明してくれた。ここには明治の神仏分離令と修験道廃止令を経て四つの寺が合併され、積善院に集めまつられるようになったという。積善院の本尊は平安時代後期の秀作とされる重文の不動明王。その後ろに光格天皇勅願の高さ4メートルの準提観音が安置されており難陀竜王の兄弟が脇を固める。他には役行者と最近十二一重の衣の下から江戸時代の姿が見つかった弁財天も祀られていた。令和京都非公開文化財特別公開の最後に素晴らしい仏像に出会えて、帰りに聖護院八つ橋のお土産を買って京都駅に向かった。



2019年5月6日月曜日

令和京都非公開文化財特別公開②(安祥寺の十一面観音)

令和の時代になったこの春、京都山科にある、あるお寺が仏像ファンの注目を浴びることとなった。そのお寺とは平安時代初期に藤原順子皇太后により創建された安祥寺だ。まず3月に安祥寺の五智如来が国宝に指定され、現在開催中の「特別展東寺」出展の観智院五大虚空蔵菩薩も元は安祥寺にあった仏像とのこと。4月の京都非公開文化財特別公開で安祥寺の十一面観音や四天王が公開されるとの発表があった。私はそれらの仏像を京都と上野で見ることになるが、まず向かったのが非公開文化財特別公開で沸く安祥寺だ。私が春に京都に出かけようと計画したきっかけがこの安祥寺の十一面観音だ。京都に着き山科駅におり毘沙門堂への道しるべを頼りに進み琵琶湖疎水を眺めながらまっすぐ安祥寺の参道に向かった。新緑が眩しい森の中に安祥寺本堂が立っていた。安祥寺は普段は非公開なお寺だが、この日は本堂の中に入れて秘仏の十一面観音の厨子も開いていた。入口でもらった朝日新聞の京都非公開文化財特別公開特集記事の見出しにも「凛とのびやか252センチの一木彫像」との見出しがあり充分見ごたえがある観音像だ。御厨子の左横の扉も開いており、斜め横から見る観音像の美しさに息をのんだ。一木造りの観音像だが前傾姿勢をとっている。ネットによると大きく歪曲した榧(かや)材の霊木を使用したと考えられるとのこと。また以前は乾漆との併用の仏像で奈良時代後期の製作で今は廃寺となった山科寺に国宝の五智如来とともに安置されていたという。高齢ながらかくしゃくとしたご住職からありがたく令和元年の御朱印をいただき感動冷めやらぬ中、隋心院に向かった。

2019年5月1日水曜日

令和元年京都非公開文化財特別公開①

今日、令和時代が始まる日に非公開文化財特別公開を見に京都に来ている。
今年の春の公開では通常非公開の安祥寺の十一面観音が公開される他、随心院の秘仏如意輪観音も公開される。安祥寺の十一面観音に感動し令和の御朱印を頂き随心院に向かった。随心院は小野小町の伝説に彩られ小町をモチーフにした屏風も飾られていたが、目的は仏像なので、本堂に向かう。秘仏如意輪観音や快慶の金剛薩埵は本日は特別に間近から拝観となった。黒い線香の色の下の金箔が確認できるほどだ。如意輪観音は空海が唐から持ってきた曼荼羅に描かれている密教的な六臂の観音で非常に官能的な表現で表されている。鎌倉で如意輪観音にひかれた私とU案内人はその後も多くの如意輪観音に出会うのだが、官能的表現とは主に二つで、中宮寺像で名高い思惟のポーズと片膝をたてている点にある。またしても心に残る如意輪観音と出会えて、やはり非公開文化財特別公開に来て良かったと思った。

2019年4月30日火曜日

平成31年国宝・重文展①

仏像クラブで東寺展鑑賞後、最後に向かったのが「平成31年国宝・重文展」
だ。仏像は例年の通り本館11室に展示されているので、14室の「密教彫刻の世界」鑑賞後移動した。今年は京都国立博物館に寄託されている安祥寺の五智如来のうち3体(大日如来、阿弥陀如来、不空成就如来)が展示されていた。文化庁の解説から平安前期の仁寿から貞観のころの製作という。いわゆる貞観仏で神護寺の薬師如来と同時期の製作となるが、特徴である近寄りがたい怖さは感じられず、とても穏やかな密教仏だ。安祥寺は皇后藤原順子の寄進により創建、伽藍が整備され、今は荒廃した上寺に収められていたのがこの五智如来だ。女性の寄進により製作された仏像なので穏やかな顔つきをしているのであろう。そのほかに唐招提寺から薬師と獅子吼(ししく)菩薩はきていたが一緒に国宝にしてされた衆宝王菩薩や増長天は来なかった。重文では見仏記でおなじみに香薬師寺おたま地蔵も景清地蔵とともに展示されていた。詳しくは次回紹介したいと思う。東寺展・密教彫刻の世界・国宝・重文展と非常に充実した展示に満足し昼食によったそばやで大いに語り合った仏像クラブの面々だった。

2019年4月28日日曜日

特集密教彫刻の世界

平成館で東寺展を拝観したあとわれわれ仏像クラブ一行が向かったのが本館
14室に展示されている特集密教彫刻の世界だ。こちらでは東寺展の関連特集と位置付けられており、東博の館蔵品を中心に中国・日本・チッベットの仏像が展示されていた。VRシアターで見た「三蔵法師の十一面観音」でおなじみの多武峰伝来の中国唐時代の十一面観音から東寺の大日如来の鎌倉時代の姿を模した運慶の光得寺大日如来などが展示されていた。U案内人が見過ごしそうになるのを呼び止めて鑑賞した、チベットの仏像も展示されていた。平成29年に東洋館で見た「特集チベットの仏像と密教の世界」の出展品の一部が展示されていた。チャクラサンヴァラ父母仏立像は男女抱擁する姿の仏像で父母仏の代表的な作品のひとつだ。インドにおける女神信仰の高まりを受け、仏に配偶者を考え出したことにより父母仏が造られるようになった。守護尊が妃と交わることで曼荼羅の世界を構成する仏たちを生み出すと考えられていた。小冊子「東博ニュース」で学芸員は「壮大な密教仏の世界をご体感いただければ幸いです。」と結んでいる。密教仏の世界を堪能し次の11室での「国宝・重文展」に向かった。

2019年4月21日日曜日

特別展 国宝東寺①

本日(20日)仏像クラブで現在上野の東博で開催中の特別展「国宝東寺」を
鑑賞しに出かけた。平成23年にも東博では「空海と密教美術」展が開催されたが、今回は副題に「空海と仏像曼荼羅」とあるように空海の思想に寄った展示となっている。それをもっともよく表しているのが第一章「空海と御七日御修法(ごひちにちみしほ)」で宮中で空海が行った国家安泰を祈る修法を再現したところだろう。次の曼荼羅のコーナでは保存状態のよい西院曼荼羅は26日からなので、恵果阿闍梨から空海に授けられた曼荼羅の2回目の複写本が展示されていた。平成になりかなり修復したあとが見られ痛みは激しいが何とか両界曼荼羅の大日如来の姿が確認できた。第三章「東寺と信仰の歴史」のコーナーからがぜん興味わく展示が並び、鎌倉時代の八部衆のお面や兜跋毘沙門天、U案内人がよかったと言った「西寺の地蔵菩薩」など東寺展ならではの展示が並んだ。最期の章はU案内人と訪れた東寺観智院で見た五大虚空蔵菩薩と空海の立体曼荼羅の世界だ。帝釈天は撮影OKとのことで多くのカメラマンに囲まれまるで今回購入したフィギュアと見間違えるようだった。今回の展覧会では平安時代の密教美術が中心だったので、金堂の桃山時代の日光・月光や十二神将が展示されていないのが残念だった。帰りにフェリシモおてらぶ製作の金剛杵ペンケースを購入して東博本館で関連展示されている「密教彫刻の世界」に向かった。

2019年4月14日日曜日

運慶展⑬(浄瑠璃寺の十二神将)

運慶展の最後を飾るのが浄瑠璃寺の十二神将だ。運慶展開催前に静嘉堂文庫より運慶没後の年号が入った墨書がみつかり問題となった仏像だ。十二神将との出会いは東博11室からであった。明治期に東博に5躯、静嘉堂文庫美術館に7躯分けて保管されるようになった。その後静嘉堂文庫美術館でも修理が終わった4躯の十二神将の展覧会が平成28年に開催され仏像クラブで見に行ったが、最後に残った亥神の頭部から問題の墨書が見つかった。展覧会場では70センチ強の像がひとつひとつガラスケースに収まり照明も当てられ十二神将すべてが揃う様は圧巻だった。図録では静嘉堂文庫の発表にも触れ、運慶の子息や周辺の慶派仏師の作との説明だが、運慶没後のわずか5年後であることから運慶が構想し定慶ら息子たちに造らせたとは考えられないだろうか。浄瑠璃寺の薬師如来の周囲に江戸時代までは並べらていたとのことで、いつか薬師如来と一緒に拝観できる日を夢見て展覧会場をあとにした。


2019年4月7日日曜日

快慶展⑩「青蓮院の兜跋毘沙門天」

兜跋毘沙門天と言えば現在東博で開催中の特別展「東寺」に出展されている
平安時代の仏像を思い起こさせるが、鎌倉時代に何と快慶の手でつくられたのがこの青蓮院の兜跋毘沙門天だ。宝冠をかぶり、外套状の金鎖甲を着け、二鬼を従えた地天女が両足を捧げ持つお馴染みのポーズで表されている。東寺像と違い瓔珞に銅製鍍金であらわされているのもこの像の特徴だ。図録で奈良博の山口氏によると細部まで神経のゆきとどいたまとまりのよい作風に快慶の特色がはっきりとあらわれているとのこと。昨年東博で開催された「大報恩寺展」で快慶と弟子行快の耳の形の違いについて学んだが、この青蓮院像でも毘沙門天と地天女に行快の彫り癖が表れているとのこと。このことからも快慶の一番弟子は行快ということに気づかされる作品だった。

2019年3月31日日曜日

運慶展⑫(東福寺の多聞天)

快慶展から2年運慶展から1年半が経とうとしているが、いまだにすべての
作品を紹介できないほど、多くの仏像を見た。今回紹介する東福寺の多聞天も運慶作ではないかと言われる仏像だ。NHKの「運慶とは何者だ」という番組内でもこの多聞天が取り上げられ、CTスキャンの結果玉眼の抑え木が無著像と似ているという事実が紹介された。運慶展の図録ではその点が触れられていないが、新たに読み返してみると他にも着衣の部分で運慶作品を示唆することがある。それはすね当てをほとんど覆うように袴を足首近くまで下す点で、興福寺の南円堂の多聞天や金沢文庫運慶展で見た曹源寺の巳神にも見られるとういことだ。山本勉先生も高野山八大童子に似た運慶風が顕著と別冊太陽「運慶」で説明しておりまず運慶作と見て間違いないのではと思う。東福寺を訪ねる機会があればまたじっくりと拝観したいと思う。

2019年3月24日日曜日

蓮花寺の十一面観音

今週のお彼岸の中日に仏像クラブで目黒碑文谷と大田区蒲田の仏像を見に出
かけた。朝はあいにくの小雨交じりの天気で初めに目黒区碑文谷の円融寺に向かい、黒不動を見る予定だったが、二重のガラスで生憎光ってよく見えなかったので、早々に大田区蒲田蓮沼の蓮花寺に行くことになった。蓮沼に着くころには青空が広がり春の日差しの中、本日御開帳の十一面観音を見に近くの蓮花寺に向かった。お寺に着くと檀家の法事の最中で12時までとの案内でしばらく境内で待たせてもらった。蓮花寺は寺伝によると恵心僧都による開創で鎌倉時代に蓮沼法師が中興したという。蓮沼法師は以前仏像クラブでも出かけた荏原郷の地頭であったが訳あって出家したとのこと。法事も終わり間近で拝観することができたが、像高90センチの観音様だが、穏やかな目をして心洗われる気持ちになった。秘仏のため保存状態もよく口元に紅が造立当時の面影を残す。親切なお寺の女性に取次を頼み御朱印をいただいてお寺をあとにした。蒲田の寿司屋で特上の寿司をいただきながら今見た観音様について熱く語る仏像クラブの面々だった。


2019年3月17日日曜日

快慶展⑨知恩寺阿弥陀如来

奈良博で開催された特別展「快慶」では銘記は内部からなかったが、
作風から快慶作と思われる仏像も出展されていた。平成18年に新たに見いだされた京都百万遍知恩寺の阿弥陀如来もそのひとつだ。この仏像を初めて見たのは大津市歴博で開催された「比叡山展」でその頃は後世の補色で黒っぽい色をしていたが、快慶展出展のおりにはその色もなく快慶得意の金泥塗のきれいな仏像となっていた。主催者の山口奈良博学芸員によると、肉付きのよい面部や厚みのある体躯、着衣部にほどこされた截金(きりがね)文様の趣致もふくめ、遣迎院像に極めて近いとのこと。よく見ると快慶作と判別できる耳の彫り方をしており、展覧会では同じ会場に展示されたいたのでわかるように工夫されていた。二度とない機会にじっくりと鑑賞すればよかったと今になって後悔している。

2019年3月10日日曜日

運慶展⑪(清水寺の伝観音・勢至菩薩)

2017年に東博で開催された「特別展運慶」の第二会場には運慶作とは確定し
ていないが、作風が運慶との可能性がある仏像が息子たちの作品と一緒に展示されていた。山本勉先生も別冊太陽「運慶」でとりあげていたのが、京都清水寺の伝観音菩薩と勢至菩薩だ。最近購入した「慶派の仏たち」の著者根立氏によると頬の張りや堂々とした体つきに運慶風が見られる。特に着衣の処理が横須賀の浄楽寺の観音・勢至菩薩にそっくりとのこと。山本先生も円成寺の大日如来までさかのぼるごく初期の運慶作品の可能性を指摘している。最近見仏記を読み直してみたが京都清水寺の記載してある「ゴールデンガイド篇」にみうらじゅんのイラストでこの伝観音菩薩を発見した。前回U案内人といった清水寺は夜桜見物だったので本尊しか拝めなかったが、秘仏のオンパレードとの記載もありあらためて仏像目当てで清水寺を訪れたいと思った。

2019年3月3日日曜日

快慶展⑧(隋心院の金剛薩埵)

一昨年奈良で開催された快慶展には快慶作の仏像だけを集めた展覧会だった
が、京都山科小野の隋心院からは金剛薩埵像が出展されていた。実は私は平成21年に隋心院を訪れ金剛薩埵像を拝観していた。目の前にずらりと九体の仏像が並んでおりその中の一つが金剛薩埵像だった。黒く細い胴、堅固不壊なる菩薩心を表す金剛五鈷杵を右手にもって胸に当て、左手に衆生を驚覚歓喜させる金剛五鈷鈴を持つ姿で表現されていたが、展覧会では宝冠は外され持物を持たない姿で展示されていた。確かに快慶の彫刻を見るには後補の持物はいらないが金剛薩埵の尊格を理解するのにはやはり持物を持たせた方が良かった。展覧会の功罪を考えさせられる仏像であった。

2019年2月23日土曜日

妙傅寺の弥勒菩薩半跏像

昨年の秋に訪れた大津市歴史博物館で開催された「神仏のかたち」展では
大津市湖信会十社寺の仏像が展示されていたが、それに交じって大津市歴博に寄託されている京都市八瀬にある妙傅寺(みょうでんじ)の弥勒菩薩半跏像も出展されていた。一昨年の正月のNHKのニュースで「古代朝鮮仏発見」というテロップで紹介されたようだが、私はそのニュースを見逃しており、あとからネットニュースで知った。専門家が調査したところ前髪を中央で二つに分けたところや、足の中央にあるとぐろ巻きの飾りなどから七世紀の古代朝鮮で製作されたもので間違いないであろうとのこと。木彫の仏像が多く並ぶ展示会場において銅造鍍金の仏像は珍しく像高50センチあまりの小像だが、異彩を放っており会場で目立っていた。図録によると「面相は妖艶な表情を持ち、左肩から腹部には隋や唐時代の菩薩像に見られる珍しい衣をつけています」と記載してあった。仏像のかたちがテーマの美術展のため図録にも工夫があり、仏の瀬谷さんが芸術新潮の運慶仏特集で使用した図版吹き出し解説が用いられており、わかりやすかったが大阪大と東博のチームが言っている髪型や中央の飾りの解説はなかった。朝鮮三国時代の仏像は東博の特別展「ほほえみの御仏」以来2度目だがもっと多くの古代朝鮮の仏像を見てみたい気持ちになった。古代朝鮮と古代日本のつながりに思いを馳せながら会場をあとにした。

2019年2月17日日曜日

特別展「京都大報恩寺快慶・定慶のみほとけ」⑥(定慶の地蔵菩薩)

昨年東博で開催された特別展「大報恩寺快慶・定慶のみほとけ」の最後の展示がこの
大報恩寺に伝わる地蔵菩薩だ。主催者の皿井主任研究員によると「作者不明で、京都市の指定にさえなっていないお地蔵様ですが、顔の輪郭や鼻梁が強調されている鼻、直線的な上まぶた、耳の形まで准胝観音そっくり。(中略)観音像と地蔵像は一対でつくられることも多く、定慶作と考えても良いのではと思っています。」とのこと。私も展覧会場に入る前にこの文章を読んでいたので准胝観音と地蔵菩薩を会場で見比べて拝観したが定慶作と思った。観音と地蔵一対といえば三浦にある満願寺の観音地蔵を思い出すが、息子の定慶が父運慶の作品を意識して残したことも考えられる。京都の奥深さを感じさせる作品だった。

2019年2月10日日曜日

十楽寺の阿弥陀如来

昨年の11月に甲賀三大佛を巡ったとき2番目に訪れたのが十楽寺であった。お寺の方の話では予約は不要だが団体が拝観するがそれでよければどうぞとのことだった。櫟野寺から20分とのことで私は歩いて20分と勘違いしていた。そのあとネットで甲賀三大佛HPを見たら櫟野寺からかなり遠いことがわかり当日出発前にタクシー運転手にスケジュール変更をしてもらい十楽寺を回ってから櫟野寺へ向かうコースに変更した。十楽寺に着き本堂に入ると日本最大級の平安時代の阿弥陀如来の座像が安置されていた。絵葉書などなく写真を撮ってよいとのことだった。阿弥陀如来や法隆寺と十楽寺にしかない釈迦が袖の下から誕生する摩耶夫人の立像を写真に収めた。団体と一緒の拝観のため御朱印をもらうのに時間がかかったがその分この寺にはみるべき十一面観音や救世観音座像などもありお寺をじっくり拝観できた。甲賀の里にはこの様な仏がひっそりと祀られているのを感じ櫟野寺へ向かった。


2019年2月2日土曜日

比叡山延暦寺至宝展②(六観音)

昨年の秋「京都・滋賀旅行」で最初に訪れた比叡山で開催された「比叡山延
暦寺至宝展」で江戸時代の六観音に出会った。大報恩寺の六観音と違い座像の宝冠を被った仏像だった。六観音は六道からの救済を目的に制作されたが、大報恩寺の六観音は真言の六観音なので、如意輪・准胝・十一面・千手・馬頭・聖観音だが、比叡山至宝展の六観音はどれも同じのように見えた。六観音が初めて登場したのが中国・隋の時代でその時にはすべて聖観音で作られていたとのこと。江戸時代だが見ごたえのある仏像だった。

2019年1月27日日曜日

特別展顕れた神々~中世の霊場と唱導~:後編(佛法紹隆寺の普賢菩薩)

県立金沢文庫で開催された特別展「顕れた神々~中世の霊場と唱導~」には
何点か神像のような仏像も出展され、昨年金沢文庫「運慶展」に出展された話題となった不動明王がある佛法紹隆寺から普賢菩薩が出展されていた。以前、信州の仏像写真集に掲載されたお寺を巡り信州を旅したことがあったが、1回の旅では見切れない仏像の多さを感じた。前回の旅では長野善光寺近辺の寺々を巡ったので諏訪地区にある仏法紹隆寺は訪れなかった。普賢菩薩はもとは諏訪大社の妙法院に伝来していた像で、鎌倉時代に制作された。佛法紹隆寺は諏訪大社の別当や諏訪高島藩主の祈願所などを務めていた古刹のため伝来したと思われる。長野市の長谷寺の御住職のお話だとまだまだみるべき仏像があるみたいなので、またいつか訪れたいと思う。

2019年1月19日土曜日

特別展顕れた神々~中世の霊場と唱導~:前編

県立金沢文庫で今週の月曜日まで開催されていた特別展「顕れた神々~中世
の霊場と唱導~」に今週日曜日に出かけた。閉会間近ということで、図録は購入することができなかったが、解説もかかれておりよく理解できた。1階には前田青邨、白洲正子旧蔵の十一面観音が伊豆山権現の青銅の神像の横に展示されてあった。平成23年の世田谷美術館開催の「白洲正子展」に出展されたとき鑑賞して以来の再会だ。当時は図録にも詳細が記載されていなかったので解らなかったが、金沢文庫発行の補助解説冊子によると平安時代の作で神仏習合により神像と仏像のそれぞれの特徴が混在したような仏像の代表作として展示されていた。十一面観音は素木造りで細部が省略された仏像。頭部の化仏がのっぺらぼうなのは当時摩滅したと思っていたが、ネットによると仏が今まさにあらわれようとする瞬間を表した霊木仮験の表現とのこと。展覧会のタイトルにふさわしい仏像だ。その他春日神と箱根神の可能性がある東博の文殊菩薩に似た阿弥陀寺の文殊菩薩も展示されていた。多くは神や神の志現を表した絵画作品が展示されたいたが仏の瀬谷さんが「カナチャンTV」で日本のすべての神様にお出ましいただいたと豪語する展示内容となっていた。学芸員の説明は最後のほうしか聞けなかったがこじんまりまっとまった金沢文庫らしい展覧会だった。

2019年1月13日日曜日

特別展「京都大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」⑤(定慶の六観音)

私が初めて大報恩寺を訪れたのは、平成21年紅葉真っ盛りの京都で、霊宝殿で見た六観音の素晴らしさに感動し、そのあと本堂釈迦如来の御開帳のおりにも拝観した。昨年東博で大報恩寺展が開催されより深く知ることができた。大報恩寺には由来不明の仏像が多く、この六観音もそのひとつであるが、展示では近くの足利義満創建の北野経王堂の洛中洛外図の展示もあり、この六観音が北野経王堂から移座されていることを示唆している。会場では六観音の光背を外した展示がされており右から如意輪・准胝・十一面・馬頭・千手・聖観音となっている。作品は肥後定慶の統率のもと門下の仏師と快慶一門や他の慶派の仏師が総動員で鎌倉時代に製作された。このなかで准胝観音のみ定慶の墨書があり彼自身が携わって製作されたとのこと。学芸員の皿井氏によると「運慶と作風が非常によく似ていて、頬のふっくらした丸み、その柔らかさまで伝わってくるような立体、質感表現の巧みさは運慶八大童子にも見られる」とのこと。カメラスポットである聖観音像の写真をとり、最後の展示に向かった。

2019年1月4日金曜日

大池寺の釈迦如来

昨年の11月に櫟野寺の開帳に行こうと櫟野寺HPを調べていたら甲賀三大佛
の紹介ページにリンク出来たので、今回は櫟野寺だけではなく三大佛も一緒に見ようと計画していた。そのことをU案内人に話すと大池寺には学生時代に訪問し、小堀遠州の庭にいたく感動したとのこと。こちらは仏像がメインだが庭も素晴らしいらしいので写真に収めてこようと思った。JR西日本のローカル線で三雲駅におりタクシー会社の小さな事務所でタクシーに乗り換え大池寺に向かった。よく整備された参道を通り、入口から本堂へ向かう途中に蓬莱庭園と呼ばれる庭に面した部屋で一休みした。息をのむような美しい庭で中央にサツキの大刈込がある凝った庭の造りになっており、ちょうど紅葉が見ごろで、もみじが真っ赤に染まっていた。仏像は本堂にあり、行基作と伝えられた丈六の釈迦如来があり見ごたえがあった。甲賀三大佛の最初で幸先がよくよいお寺を参拝できてこの後期待が高まり、タクシーを待たせてあったので、お寺をあとにした。