2019年3月31日日曜日

運慶展⑫(東福寺の多聞天)

快慶展から2年運慶展から1年半が経とうとしているが、いまだにすべての
作品を紹介できないほど、多くの仏像を見た。今回紹介する東福寺の多聞天も運慶作ではないかと言われる仏像だ。NHKの「運慶とは何者だ」という番組内でもこの多聞天が取り上げられ、CTスキャンの結果玉眼の抑え木が無著像と似ているという事実が紹介された。運慶展の図録ではその点が触れられていないが、新たに読み返してみると他にも着衣の部分で運慶作品を示唆することがある。それはすね当てをほとんど覆うように袴を足首近くまで下す点で、興福寺の南円堂の多聞天や金沢文庫運慶展で見た曹源寺の巳神にも見られるとういことだ。山本勉先生も高野山八大童子に似た運慶風が顕著と別冊太陽「運慶」で説明しておりまず運慶作と見て間違いないのではと思う。東福寺を訪ねる機会があればまたじっくりと拝観したいと思う。

2019年3月24日日曜日

蓮花寺の十一面観音

今週のお彼岸の中日に仏像クラブで目黒碑文谷と大田区蒲田の仏像を見に出
かけた。朝はあいにくの小雨交じりの天気で初めに目黒区碑文谷の円融寺に向かい、黒不動を見る予定だったが、二重のガラスで生憎光ってよく見えなかったので、早々に大田区蒲田蓮沼の蓮花寺に行くことになった。蓮沼に着くころには青空が広がり春の日差しの中、本日御開帳の十一面観音を見に近くの蓮花寺に向かった。お寺に着くと檀家の法事の最中で12時までとの案内でしばらく境内で待たせてもらった。蓮花寺は寺伝によると恵心僧都による開創で鎌倉時代に蓮沼法師が中興したという。蓮沼法師は以前仏像クラブでも出かけた荏原郷の地頭であったが訳あって出家したとのこと。法事も終わり間近で拝観することができたが、像高90センチの観音様だが、穏やかな目をして心洗われる気持ちになった。秘仏のため保存状態もよく口元に紅が造立当時の面影を残す。親切なお寺の女性に取次を頼み御朱印をいただいてお寺をあとにした。蒲田の寿司屋で特上の寿司をいただきながら今見た観音様について熱く語る仏像クラブの面々だった。


2019年3月17日日曜日

快慶展⑨知恩寺阿弥陀如来

奈良博で開催された特別展「快慶」では銘記は内部からなかったが、
作風から快慶作と思われる仏像も出展されていた。平成18年に新たに見いだされた京都百万遍知恩寺の阿弥陀如来もそのひとつだ。この仏像を初めて見たのは大津市歴博で開催された「比叡山展」でその頃は後世の補色で黒っぽい色をしていたが、快慶展出展のおりにはその色もなく快慶得意の金泥塗のきれいな仏像となっていた。主催者の山口奈良博学芸員によると、肉付きのよい面部や厚みのある体躯、着衣部にほどこされた截金(きりがね)文様の趣致もふくめ、遣迎院像に極めて近いとのこと。よく見ると快慶作と判別できる耳の彫り方をしており、展覧会では同じ会場に展示されたいたのでわかるように工夫されていた。二度とない機会にじっくりと鑑賞すればよかったと今になって後悔している。

2019年3月10日日曜日

運慶展⑪(清水寺の伝観音・勢至菩薩)

2017年に東博で開催された「特別展運慶」の第二会場には運慶作とは確定し
ていないが、作風が運慶との可能性がある仏像が息子たちの作品と一緒に展示されていた。山本勉先生も別冊太陽「運慶」でとりあげていたのが、京都清水寺の伝観音菩薩と勢至菩薩だ。最近購入した「慶派の仏たち」の著者根立氏によると頬の張りや堂々とした体つきに運慶風が見られる。特に着衣の処理が横須賀の浄楽寺の観音・勢至菩薩にそっくりとのこと。山本先生も円成寺の大日如来までさかのぼるごく初期の運慶作品の可能性を指摘している。最近見仏記を読み直してみたが京都清水寺の記載してある「ゴールデンガイド篇」にみうらじゅんのイラストでこの伝観音菩薩を発見した。前回U案内人といった清水寺は夜桜見物だったので本尊しか拝めなかったが、秘仏のオンパレードとの記載もありあらためて仏像目当てで清水寺を訪れたいと思った。

2019年3月3日日曜日

快慶展⑧(隋心院の金剛薩埵)

一昨年奈良で開催された快慶展には快慶作の仏像だけを集めた展覧会だった
が、京都山科小野の隋心院からは金剛薩埵像が出展されていた。実は私は平成21年に隋心院を訪れ金剛薩埵像を拝観していた。目の前にずらりと九体の仏像が並んでおりその中の一つが金剛薩埵像だった。黒く細い胴、堅固不壊なる菩薩心を表す金剛五鈷杵を右手にもって胸に当て、左手に衆生を驚覚歓喜させる金剛五鈷鈴を持つ姿で表現されていたが、展覧会では宝冠は外され持物を持たない姿で展示されていた。確かに快慶の彫刻を見るには後補の持物はいらないが金剛薩埵の尊格を理解するのにはやはり持物を持たせた方が良かった。展覧会の功罪を考えさせられる仏像であった。