2011年7月30日土曜日

空海のみほとけたち④(獅子窟寺の薬師如来)

今回の「空海と密教美術展」で急遽出展が決まったのが大阪河内の獅子窟寺・薬師如来だ。大阪夏の陣であやうく戦火で消失するところを僧侶が背負ってあやうく難を逃れた平安時代の仏像だ。獅子窟とは寺院の裏山にある獅子の口に似た岩山のことでかの弘法大師空海もそこで修行をしたといういわれがある。すこし面長であるが頬はふくよかで、端正な顔つき。目尻が長く、眉は太く盛り上がっている。目鼻たちがよく上唇の曲線や口元を深めに窪ませる表現が美しい。端正な顔とともに本像の特徴は流れるように表現される翻波式衣文(ほんぱしきえもん)だ。まるい襞(ひだ)と稜のある襞を交互に刻んでいる。どっしりとした安定感のある薬師如来は右手を施無畏印(せむいいん)、腕前で宝珠をとる。獅子窟寺では光背があり化仏がついた豪勢な仏像だが、本展では光背なしの展示のため魅力が半減すると感じた。改めて獅子窟寺を訪ねたいと感じた。

2011年7月23日土曜日

空海と密教美術展

本日、上野の東博に「空海と密教美術展」を見に行った。先週までの猛暑がうそのように涼しかったので仏像鑑賞にはもってこいな一日だった。空海の書が展示されているコナーを進むとまず最初に目に飛び込んでくるのは京都東寺の兜跋(とばつ)毘沙門天だ。東寺の宝物館でみるよりも素晴らしく劇的な展示だ。第二室に入ると密教仏のオンパレードだ。さりげなく秘仏の京都神護寺・五大虚空蔵菩薩や醍醐寺の如意輪観音などが展示されている。期待していた獅子窟寺の薬師如来は光背・台座なしの展示のためがっかりした。仁和寺の阿弥陀如来は三尊とも光背・台座がありよかった。最後のコーナーはいよいよ東寺の立体曼荼羅だ。持国天がたいへんな迫力でせまったきたり、梵天の背中も見ることできまさに立体曼荼羅を感じさせるコーナーだった。久しぶりに見た帝釈天は女子が騒ぐほどイケ仏と感じなかった。何度でも足をはこびたくなる展覧会だった。

2011年7月15日金曜日

空海のみほとけたち③(兜跋(とばつ)毘沙門天)

京都東寺の兜跋毘沙門天を初めて知ったのは「見仏記」だった。単行本の表紙にみうらじゅん氏のイラストで兜跋毘沙門天が描かれており、調べてみると東寺の宝物館に展示されており、春・秋の特別展に訪れればみられるとのこと。20年に週刊「日本の仏像」でも紹介されすぐさま京都仏像旅行を企画したきっかけとなった仏像だ。兜跋(とばつ)とはトルファン・突厥(とっけつ)の音写で今の中央アジアをさす。異国の民が西域を攻めたときこの毘沙門天が現れ敵を撃退した故事にちなんで、平安京の羅生門に祭られていたという。大きな宝冠をかぶり異国風の鎧を身にまとう武装した守護神だ。面長な顔に黒い石がはめ込まれている目がりりしく、ベルトには獅子噛(ししがみ)というライオンの顔の飾りがあり当初は緑に彩色されていたという。このように立派な毘沙門天が地天女に支えられているのが面白く注目ポイントだ。東寺宝物館では、照明が悪くあまり感動しなかったが、来週からいよいよ始まる「空海と密教美術展」に展示されドラマチックの照明に浮かび上がる兜跋毘沙門天が今から楽しみだ。

2011年7月9日土曜日

空海のみほとけたち②(東寺 降三世明王)

東寺の立体曼荼羅では中央に五智如来、右に五菩薩、左に五大明王が配され
る。五大明王は中央に不動明王それを囲んで四体の明王が東西南北を守っている。東を守る阿閦如来(あしゅくにょらい)の化身が降三世明王は平安時代の国宝だ。手を前で交差させ指をからめる印相を結んでいて、変わっているので「空海と密教美術展」では多くの人が真似をするのではないか。正面・左右・後ろと四つの顔をもちそれぞれ眼が3つあり、腕が8本の異形な仏像で、さすがみうらじゅん氏が推薦する五大明王に数えられる仏像だ。手に剣・矢・三鈷杵などの武器を持ち、貪欲、怒り、迷いの三毒から救ってくれる。すべて思い通りになる、という高慢な考え方を持った大自在天(シヴァ神)とその妻の烏魔妃を踏みつけているところが注目ポイント。お寺でよく見れなかった大自在天の苦しそうな表情も今度の展覧会ではじっくりみたいと思う。

2011年7月1日金曜日

高幡不動

先週の土曜日に日野の高幡不動を訪れた。本堂の仮本尊を拝観する。中では護摩祈祷が流れていて、厳かな雰囲気だ。ふと見ると、U案内人が一心に何かを祈っているようだった。一人ずつ本尊の前で手をあわせて、本堂をでた。あじさいが咲き乱れる庭を進んで、いよいよ平安時代作の重要文化財の不動明王がある奥殿に向かう。像高は2メートル85.8センチ。その存在感は目の当たりに拝した者しかわからない。燃え上がる炎のなか、眉間に深くしわを寄せ、歯をグット食いしばるこの巨像はまことに力強く、頼もしい守護仏である。左脇侍は矜羯羅(こんがら)童子、右脇侍は制托迦(せいたか)童子。こちらも2メートルある堂々とした仏像だ。あいにくガラス越しでの参拝となったが外からも迫力は十分感じられた。成田・大山と並んで関東三不動のひとつとして数えられる。U案内人も千年近いときをへて今に伝わる不動尊にしきりに感心していた。近くの百草園でもアジサイを見て、昼食を食べてから家路についた。