2021年1月17日日曜日
2020年12月31日木曜日
悲田院の阿弥陀如来
泉涌寺を出て、今回の京都非公開文化財特別公開の目玉である泉涌寺塔頭悲田院の阿弥陀如来を見にいった。快慶作と分かったのが最近のことなので今回初めての特別公開となった。もとは平安期に創建した法性寺を荒廃したため鎌倉期に九条兼実が再興した「後法性寺殿」にあったと伝えられている。悲田院では客仏扱いのため本堂の隅に置かれて展示されていたので、かえってより近く拝観できてよかった。2017年の奈良博快慶展では光背なしの展示のため今回が初めて見る光背付きの阿弥陀如来であった。光背の赤色がみごとで、目を見張った。髻が高く表現されており元は宝冠阿弥陀如来であることがわかる。宝冠阿弥陀如来は3種類あり真言系の紅頗梨色(ぐはりしき)阿弥陀如来、天台系の常行三昧の本尊、そのどちらでもない阿弥陀如来である。紅頗梨色は赤色を意味するが日本では赤色の作例はほとんどない。悲田院の阿弥陀如来が後法性寺殿にあったならば天台の寺院のため常行三昧の本尊として祀られていたであろう。快慶が若いころに制作した仏像なのでわざと光背に赤い色を用いて造ったのかもしれない。裏道を通って東福寺に向かうため、悲田院をあとにした。
2020年12月28日月曜日
慈眼堂の千手観音
清凉寺がコロナ禍の影響で16:00で拝観時間が終了したので近くの慈眼堂へ向かった。雑誌の念持仏特集で藤原定家の念持仏として紹介された仏像だ。官界を離れて嵯峨に隠遁した定家は、千手観音の傍らで「小倉百人一首」を撰したという。現在は中院町文化保存会で保存しており、堂外から常時拝観できる。お賽銭を入れると中の照明がつく鎌倉辻薬師堂方式での拝観となった。のぞき窓からわずかの時間拝観できたのでよかった。帰りの喫茶店の店主に中院観音を見に横浜から来たというと驚かれたぐらい京都にはまだまだ隠れた秘仏があると感じた
2020年12月19日土曜日
清凉寺帝釈天
弘源寺の毘沙門天を見てからコロナ禍で16:00閉門の清凉寺にあと30分しかなかったためタクシーを利用して向かった。宝物館が開いていたで訪問し源融の釈迦三尊や毘沙門天展で出会った清凉寺の毘沙門天などを急いで見てまわった。日本美術全集の写真で注目したのがこの帝釈天だ。東博の皿井学芸員の解説によると宝物館の前は清凉寺の三国伝来の釈迦如来の脇侍として文殊菩薩とともに釈迦三尊として本堂に安置されていたとのこと。衲衣の上に鰭袖(ひれそで)を持つ衣をつけ左手は掌を下にして拳をつくり、右手は右わきに構えて持物(亡失)を執り、象の上で左足を踏み下げ半跏趺座する典型的な帝釈天のポーズだという。また東寺の帝釈天が密教像のなかで一番古く造られたものだが、それに匹敵する平安前期にさかのぼる古い作例であるという。運慶の修復した東寺帝釈天に比べると見劣りがするがなかなかの優品だ。通常より1時間早い閉門のため本堂に行くと釈迦如来に焼香できるとのことで三国伝来の釈迦如来を近くで拝観して大門が閉まった清凉寺の勝手口から外へ出た。
2020年12月5日土曜日
蘆山寺の地蔵菩薩
11月1日京都駅でお昼をいただいてから蘆山寺に向かった。蘆山寺では大河ドラマに合わせて「明智光秀の念持仏と蘆山寺」というイベントをやっていた。蘆山寺には昨年も行っていたので、今回訪れる予定ではなかったが京都出発の直前に購入した雑誌に「念持仏」を知るという特集がくまれており法隆寺の橘夫人念持仏や全国の戦国武将の念持仏が載っており改めて興味がわき蘆山寺を訪れることになった。お寺の説明では信長がで比叡山に関係するという噂で明智光秀に蘆山寺焼き討ちの命がくだったが、朝廷と関係深い蘆山寺は叡山とは関係ないとの正親町天皇の詔により難を逃れたという。光秀はその後本能寺の変の直前に縁のある蘆山寺に地蔵菩薩を預けたという。いつも陣中で礼拝していた念持仏をあえて手放すことで光秀は死を覚悟したとのこと。紅葉が美しい庭を眺めながらしばし休み次のお寺に向かった。
2020年11月21日土曜日
泉涌寺の楊貴妃観音
戒光寺の釈迦如来に感動したあと本日(10月31日)までの公開の仏像を見に泉涌寺に向かう。泉涌寺は2009年に訪れたことがあるが、大門を過ぎてから確かここには楊貴妃観音という中国招来の仏像が祀られていることを思い出し楊貴妃観音堂に向かう。2009年7月奈良博で「特別展聖地寧波(ニンポー)」が開催されそこにこの泉涌寺楊貴妃観音が出展されており間近に拝観する機会をえたが日本の仏像にない不思議な印象だった。雑誌の解説によると泉涌寺の開山僧「俊芿(しゅうんじょう)」の弟子が鎌倉時代に令和2年度京都非公開文化財特別公開で公開されている舎利殿の韋駄天像と月蓋(がつがい)長者とともに南宋から招来した仏像だという。日本人離れした容貌から楊貴妃の冥福を祈って造られたという伝承が生まれ、江戸時代から「楊貴妃観音」と呼ばれた聖観音だ。頭には宝相唐草透かし彫りの宝冠を被り、しなやかな手に宝相華を持ち、耳たぶに花形のイヤリングがあり彩色もまだまだ鮮やかで、その名に恥じないものがある。見仏記によると口もとの曲線は慈悲を説かれる口の動きでおひげではないとのこと。その後舎利殿に向かい韋駄天と月蓋上人像を拝観したが小像であり指して印象に残らなかった。泉涌寺の塔頭の悲田院で快慶仏が公開されているので早々にそちらに向かった
2020年11月7日土曜日
清水寺の二十八部衆
31日の夕方12年ぶりに清水寺に参拝した。前回は夜間桜のライトアップで大勢の善男善女が参拝し、U案内人の手招きで十一面観音お前立を見たが、その両脇におわす二十八部衆を参拝したのを覚えていなかった。感染症流行で人が少なめだったが、世界中に知られる京都の観光地だけあってそれなりに混んでいた。仁王門で写真を撮りながら舞台で有名な本堂に向かう。8月の千日詣りには内々陣の特別拝観があるが、今回は紅葉し始めの木々が映える夕方ねらいでいったため内陣からライトに照らされた十一面観音お前立を拝観。両脇を見ると薄暗い中二十八部衆が居並んでいた。見仏記のみうらじゅん氏のコメントには「薄暗いお堂の中で仏の世界観はまるでパノラマのように・・・清水寺恐るべし」とのこと。私も同感した。メモリ基盤のようにぎっしり並び、濃密な意味を持った仏像が肩を寄せ合っている。その濃さそのものが密教ではないか。売店で清水寺の写真集を購入し御朱印をいただこうと思ったが若い女性ばかりの長蛇の列だったのであきらめた。奥ノ院で改装された本堂の大屋根の写真を撮り、早々下山し、今夜の宿に急いだ。
2020年11月2日月曜日
戒光寺の釈迦如来
今年もいつもの通り京都に来ている。今年の非公開文化財特別公開は例年と違って9月から12月までになっており、この戒光寺も明日(11月1日)で公開が終わる予定だ。今年は元気よい学生の解説はなく協会の関係者による解説だった。協会によると戒光寺の釈迦如来は高さ5メートルあまりの鎌倉時代の仏像で運慶・湛慶親子の合作とのこと。截金(きりかね)を多用した湛慶らしい作品となっている。公開時には仏像の近くで拝観できる。朝日新聞の全国版にその戒光寺釈迦如来の写真が掲載され、新聞の切り抜きを握りしめて秋田からお寺を訪問した熱心な仏像ファンをみかけた。今回、仏像の足元で誰でも拝観できるようになっており、10メートルの光背のため屋根が盛り上がったいる様も見ることができ協会によると今回だからこそ体験できたことだとのこと。京都初日にして素晴らしい仏像にあえてよかった。明日は大津歴史博物館の展覧会を見て嵐山に向かう予定だ
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