2012年3月10日土曜日
2012年3月4日日曜日
浄楽寺の運慶仏に再会する
本日(3月3日)は横須賀浄楽寺の御開帳の日だった。年に二回の運慶仏の御開帳とあって、仏像クラブの面々で出かけた。平成20年に訪れた際は秋だったが、今回は早春の仏像めぐりとなった。相変わらず御開帳日は込み合う浄楽寺だが、収蔵庫に入ると大きな阿弥陀如来が迎えてくれた。頼朝創建の鎌倉の「勝長寿院」の丈六阿弥陀如来(成長作)を模して、和田義盛夫妻が運慶に作らせたという本像は威厳を満ちた表情をしており、堂々とした体躯、流動する衣文がすばらしい。今回私が注目したのは、阿弥陀三尊の目である。初作から仏像の目に玉眼を使用してきた運慶が如来・菩薩には彫眼(ちょうがん)を使用している点だ。同時に造られた不動明王・毘沙門天には玉眼が使用されており、その違いが見比べることができて興味深い。運慶は如来・菩薩わざと彫眼を使用して人には近寄りがたい威厳を持たせるための効果か。浄楽寺では年々御開帳の参拝客が増えているのか、前にはなかった不動明王・毘沙門天のポスターがあったので購入しお寺をあとにした。逗子に帰ってから喫茶店で熱く運慶について語り合う仏像クラブも面々であった。
2012年2月25日土曜日
運慶の興福寺仏頭と出会う
平成21年、東博で「国宝阿修羅展」が開催されたとき「運慶の興福寺仏頭」と出会った。前の年にも奈良の興福寺を訪問したときは運慶作品とは知らず、隣の白鳳時代の有名な「仏頭」に目を奪われてさほどの記憶に残っていなかった。寺の古い記録により運慶作品と判った西金堂の釈迦如来仏頭だが、U案内人と二人で鑑賞したが「ほんとうに運慶作なのか」との疑問が残った。だかその後、展覧会図録を読むとかの有名な阿修羅や八部衆に囲まれた釈迦如来像として運慶が再興した際、天平仏を意識した造りとしたためとわかった。今まで見たのびやかな運慶作品と趣を異にするが、天平仏への運慶の憧れがわかる仏像だ。阿修羅と共に運慶の丈六の釈迦如来が「金鼓(こんく)」を囲んで並ぶ様は圧巻だったと思うと西金堂の消失が悔やまれる。天平と鎌倉に思いをはせて二人で会場を後にした。
2012年2月19日日曜日
護国寺の如意輪観音
本日は仏像クラブで護国寺の如意輪観音を拝観しにでかけた。真冬の凍てつくなか向かうと大きな仁王門があり、「本尊開帳」の立て札が立っており否が応でも期待がふくらむ。朝早かったもで御開帳の法要を終えた僧侶たちが本堂の階段を下りてくるのが見えた。大きな本堂中央の厨子の中に平安時代の如意輪観音が納められていた。観音は6本の手をもち、右足を曲げて左足に乗せ、右手を頬に当てる思惟の姿をしている。護国寺は江戸三十三観音霊場の第13番札所になっており、今日も巡礼の方がこられおり一緒に僧侶からの説明が聞けてラッキーだった。外陣からの拝観のため双眼鏡で遠くからお姿を覗いた。とても美しい観音様だ。周りのは三十三応現身といって、観音が変化した姿の江戸期も仏たちがずらりとならぶ。帰りに土佐料理の店でかつおのたたきをつまみながら、仏像について語り合う仏像クラブの面々であった。
2012年2月12日日曜日
東慶寺の聖観音
本日(11日)よく晴れたので北鎌倉東慶寺の仏像展に出かけた。境内の梅はまだこの寒さでつぼみだったが、とりあえず本堂に向かう。普段注意して見ていなかったが、本尊の釈迦如来像が安置されていた。整った目鼻立ちと張りの強いお顔が印象的だった。仏像展の開催されている松ヶ丘宝蔵に向かう。入口の節電で照明が落ちたくらい中に聖観音が展示してあった。重文で着衣は彩色のうえ、切金文と金泥(こんでい)を用い、土紋を貼り付けた優美な仕上がりとガイドブックには書いてあったが、暗くてよく判らなかった。ぜひ今度鎌倉国宝館で開かれる「鎌倉の至宝国宝・重要文化財展」に出展していただきたい仏像だ。東慶寺を出たあと前回ブログで書いた宝戒寺に向かう。こちらも重文で光背の迦陵頻伽(かりょうびんが)を中心に双眼鏡でじっくり拝観した。脇侍の梵天・帝釈天もすばらしくすべて同時期の南北朝時代の作品だ。小町通のコーヒー店で今日見た仏像を振り返りながら午後の静かな時間をすごした。
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