羽賀寺の十一面観音
福井県小浜市を訪れたのは今から20年以上前の平成2年の夏のことだった。小浜は「海の奈良」と呼ばれるほど仏像が多い地で、そこかしこの寺に古仏が祀られている。レンタサイクルを借りて回ったのだが、小浜の市内から離れた地点にあるのが羽賀寺だ。美しい十一面観音が祀られているお寺だ。檜皮葺屋根の小ぢんまりした御堂があり、暗い堂内に入ると、中央の厨司に入った十一面観音にまずは目をひきつけれらた。平安時代作の見事な十一面観音だ。かの白洲正子も絶賛した観音様で華奢なお姿に彩色がよく残っている。この世のものとは思われないほど長い右手。安定感がありながら決して太って見えない胴回り。そして、うっすらと微笑みながら威厳を保つ表情に、かの白洲正子も「元正天皇の御影とされたのも、さもあらんと思われる」と礼賛した。元正天皇はあの山田寺を建立した蘇我倉山田石川麻呂の娘で、平城京遷都の時代の帝で、仏教をあつく敬っていたという。そうしてあらためてこの観音像をみると滅んでいった蘇我氏の悲しみやはかなさを一身に背負ってこの人里離れた寺に威厳を保ちながら立っている様から、後世の人が元正天皇の姿に似せて彫ったという伝説が生まれたのではないか。小浜の地から古の奈良の都に思いをはせて、いつまでも観音像の前にたたずんでいた。
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