2024年1月21日日曜日

みちのくいとしい仏たち③(岩手県八幡平兄川山神社山神像)

 

第二章「山と村のカミ」では仏像から発展した神像を取り上げられている。京都では松尾大社に代表される衣冠束帯の神像が多いがここ北東北ではあくまでも個人がそれぞれ思うカミが自由に製作されたようだ。ここに取り上げる兄川山神社山神像は80センチ足らずの像高でそういったもののひとつで監修者の須藤先生によれば、「この(山神像)は奇跡的に大切にされてきたもの」だと語る。一般的にお宮にある神像・仏像は秘仏でだれも見ないうちに祠のなかで朽ち果てていくことが多い。全体を見ると、異常に体が細く、角ばった山神。だが斜めからみると意外とふくよか。顔の大きさに比べ、目鼻や口、耳などのパーツが小さく、むしろこちらが山神の悩みを聞いてあげたくなる、そんな表情だ。林業に従事する人々に今もあつく信仰されているのもうなづける。

2024年1月13日土曜日

みちのくいとしい仏たち②(天台寺の伝吉祥天)

 

岩手には2009年に仏像巡りで訪れ、今回出展されている、尼藍婆・毘藍婆がある花巻の成島毘沙門堂が私の仏像巡りの北限だった。あとから知ったのが二戸市の天台寺に鉈彫様式の聖観音をはじめとして素晴らしい仏像が収蔵されているとのこと。2015年に東博で開催された「みちのくの仏像展」で鉈彫聖観音を拝観したがシャープな印象がする仏像だった。今回は展覧会のコンセプトにあった仏像が集められたようで、このこけしの様な愛らしさの伝吉祥天は太づくりの体躯、野良着のような衣装に墨描きの文様。ホトケよりカミを意識した像といえる。このようなほっとさせる仏像が会場にあふれている。夢中で次の展示に向かった。


2024年1月6日土曜日

みちのくいとしい仏たち①


 本日(2024年1月5日)東京ステーションギャラリーに「みちのくいとしい仏たち」という展覧会を見に行った。北東北の地方民間仏といわれる仏像を集めた展覧会で、初のこころみだというので期待してでかけた。初めて訪れた東京ステーションギャラリーは東京駅ドームの3階・2階の展示室と1階受付で構成された美術館で、東京駅の喧騒を抜けると静かでやさしい空間が広がっていた。全部で8つのセクションに分かれている展覧会場は「ホトケとカミ」「笑みをたたえる」「ブイブイいわせる」「やさしくしかって」「かわいくてかなしくて」などユニークなタイトルがならび展示されている仏像もほほえんでいるか、怒っていてもどこかユーモラスな仏たちでいっぱいだ。だれても癒される空間が広がっている。みちのくといわれる東北地方の仏像を見になんどもでかけたが岩手の花巻以北の仏像を見に行ってなかったので出会わなかったのであろう。私の東北仏のバイブルである別冊太陽「みちのくの仏像」(2012年発行)にも今回の目玉の展示宝積寺六観音や八幡平の兄川山神社の「山神像」が掲載されていた。今回の展覧会がきっかけで北東北のいとしい仏たちに出会う旅に出かけたいと思った。年始早々いい展覧会を見られて上機嫌で東京駅にの喧騒をあとにした。


2023年12月31日日曜日

特別展「聖地南山城」⑥(大智寺の文殊菩薩)

 

大智寺の文殊菩薩に出会ったのは木津川市の公開事業だったが、その後令和2年に本堂修理の際、奈良博に一時預けられたおり、奈良博山口学芸員によるお得意のCTスキャン調査が行われぎっしり文書の発見された仏像だ。鎌倉時代の仏像で、行基製作の伝説をもつ。鎌倉時代の文殊菩薩といえば快慶の安部文殊院が思い出されるが、山口氏によると、その快慶仏に近くやや角ばった面相や、上半身につける衣(外套祇のことか?)の形式、衣線を波立たせる表現まで共通する。この展覧会は表向きは 浄瑠璃寺本像修理完成記念だがこの奈良博の文殊菩薩は展覧会開催のきっかけになった仏像だと思う。


2023年12月16日土曜日

大阪奈良仏像の旅④(長岳寺の観音菩薩半跏像)


 JR奈良近くのホテルに泊まり翌日山野辺・長岳寺に向かった。一度住職の地獄絵絵解きを聞きに訪れたが、今回は来年の奈良仏像カレンダーの表紙が長岳寺だったので、思い立っての訪問となった。長岳寺は意外と駅から遠く、門を入って本堂を探していると、ボランティアの男性が声をかけてくれた。誘導されるまま本堂に入った。本堂の中央には阿弥陀三尊、右に観世音、左に勢至。どちらも半跏の形で蓮華座に坐っている。脇侍として半跏像というのは平安時代には珍しく本像の作者が奈良の古像を学習した結果とみられる。今回は住職の地獄絵絵解きに参加せず、延命殿の普賢菩薩をみて奈良に戻った。