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2020年4月11日土曜日

特別展「出雲と大和」⑤(鰐淵寺の観音菩薩)

展覧会に出かける前にその特別展に関する書籍やブログに目を通してから会
場に向かうことにしているが、その際多い役に立つのが東博公式サイトの1089ブログだ。今回の出雲と大和展でも目を通してから出かけたのだが仏像に関するブログは出かけたあとアップされていた。皿井学芸員によると出雲の鰐淵寺の観音菩薩は飛鳥時代後期の作で出雲地方の有力氏族が両親のためにつくったことが銘文からはっきりわかるとのこと。図録にはあっさりと記載された銘文の文字が書かれておりさっぱりわからなかったが、このような心温まる古代の出雲人のメッセージが書かれたいたことを事前に知っておけば仏像のみかたも変わってより深く楽しめたであろう。出雲地方はスサノオノミコトや大国主命の神話からもわかるように大和をしのぐ王権が存在していたことがわかるが、このように両親への愛情を表現する心温まる人もいたのかと深く感銘した。現在開催できない展覧会についてもネットワークを駆使してブログ更新いただきたいものだ。


2020年3月14日土曜日

特別展 出雲と大和④(大安寺の多聞天)

東博臨時休館のあおりで会期途中で終了してしまった特別展「出雲と大和」
だが、みるべき仏像が多く展示されていた。大安寺の多聞天もその一つで像高140センチあまりの奈良時代の仏像だ。大安寺は舒明天皇勅願の7世紀に建立された天皇の寺第一号の百済大寺(くだらおおでら)で、高市大寺・大官大寺と所在と名称を変え平城遷都に伴い現在地に移された寺院だ。遷都1300年の春、奈良を訪れたとき大安寺を訪問したがお寺の説明では中国やインドの僧が数多く活躍した国際色豊かなお寺だったとのこと。本像も天平後期における新たな唐代彫刻の影響により造立された。図録によると大安寺に伝わる木造四天王の一つで最も作風が優れていると評価される仏像だ。兜をかぶり、目を怒らせ上歯で下唇を噛み忿怒の相を示す。忿怒の表情に伴い隆起した筋肉を的確に表され、右手を挙げ、左手を腰にあてて右足を挙げ岩座を踏む姿に動きがみられる。甲に唐草文や宝相華文(ほうそうげもん)などの文様を浮彫状に表す装飾性に富む仏像だ。10年ぶりに大安寺で最も印象に残った仏像に再会してじっく鑑賞していたかったが、出雲の四天王も気になるので次の展示に向かった。

2020年2月15日土曜日

特別展「出雲と大和」③(石位寺浮彫伝薬師三尊像)

特別展「出雲と大和」で三蔵法師の十一面観音の次に展示されていたのが、
この石位寺浮彫伝薬師三尊だ。藤原定恵が談山神社にもたらした三蔵法師の十一面観音はインドの仏像様式が初唐にもたらされたことが見てとらえるが、その影響が日本に広がった代表として奈良桜井にあるこの石位寺の仏像が展示されていた。図録によると中尊の如来像は袈裟を偏袒右肩(へんたんうけん)にまとい、禅定印を結んで倚座、左右の両菩薩は合掌し中尊側の足をわずかに動かしている。飛鳥から奈良時代に制作された石像だが保存状態がよく風化せずにこの状態を保っているのは奇跡的だ。念入りに彫られている仏像で薄い法衣を通して内部の肉体の起伏がよく表されている。飛鳥時代に多く作られた塼仏の影響を受けており我が国残存石仏のなかでは最古級で最優美な仏像だ。

2020年2月11日火曜日

特別展「出雲と大和」②(當麻寺の持国天)

最後の「仏と政(まつりごと)」のコーナーでは権力の象徴が古墳から寺院
に移行したことをうけて鎮護国家の仏像を中心にみていった。その中心に展示されていたのが、當麻寺の持国天だ。當麻寺の持国天はお寺でLED照明のもと見たが、やはり展覧会の照明に照らされた像は大きく圧倒的迫力で迫ってくるようだった。白鳳時代の脱活乾漆像で像高2メートルを超える法隆寺の四天王の次に古い仏像だ。ペルシャ風な髭を蓄えた顔は図録によると中国・唐の長安周辺で流行した神将像の様式に系譜をたどることができる。身に着けた甲冑は朝鮮半島の新羅の神将像と共通することが指摘されている。ひとつの仏像にそのようなグローバルな影響が反映されていることが見て取れるのには驚きだ、後補の光背を外した展示なのでよりスッキリと仏像を鑑賞できてよかった。出雲の四天王も気になるので名残惜しいが次の展示にむかった。

2020年2月8日土曜日

特別展「出雲と大和」①

今週の日曜日東博に特別展「出雲と大和」を見に行った。今年は日本書紀成
立1300年にあたり、古代の出雲と大和に焦点をあてた展示となっている。展示は日本書紀神代巻から始まり第一章巨大本殿出雲大社ではいきなり幅140センチの巨大な心御柱・宇豆柱が展示されていた。これは鎌倉時代の柱の基部で48メートルの高さを誇っていた出雲大社の本殿を支えていた。第二章では島根県荒神谷遺跡の358本の銅剣のうち168本が展示され同じく発見された銅矛・銅鐸も展示されていた。これは古代史を塗り替えることで、これだけの量の青銅器の発見は出雲に何かしら王権が存在しておることを示し日本書紀が語る国譲りの神話も事実かと思われる発見だっただろう。第三章大和王権誕生の地では画文帯神獣鏡や邪馬台国の卑弥呼が魏王よりもらった三角縁神獣鏡が33面展示されたり2メートルを超える円筒埴輪の展示もあったりと盛りだくさんだ。中でも素晴らしかったのが石上神宮の七支刀と藤ノ木古墳の鞍金具でガラス越しだが目の前の国宝の美しさに感動した。この展覧会では出雲と大和の勾玉・管玉が展示されており、いいアクセントになっている。出雲大社境内で発見された赤い瑪瑙の勾玉や出雲出土の青い勾玉はてはシルクロードを通ってやってきた管玉など美しい世界が広がっている。第四章でやっと仏像が出てきたがこれは次回に詳しく述べたい。閉館時間も迫っていたので急いでグッズコーナで図録やクリアファイルを購入し東博をあとにした。