2月に永青文庫で開催された「アジアの仏たち」には出展されていない細川護立氏が東博に寄贈した宝慶寺石仏群の大型の石仏龕を見に東洋館に向かった。中国の仏教美術は唐時代に完成形を作り上げたが、とくに7~8世紀にかけて、インドの肉体表現と中国伝統の衣服の衣服表現を見事に調和させ、東アジア的な面貌をもつ理想的な中国仏像を生み出したとのこと。早崎稉吉から細川護立へ渡った中国石仏は西安、すなわち唐時代の帝都であった長安周辺で蒐集されており、上質の作品が多い。東博には宝慶寺石仏群として15点が細川氏より寄贈されているが、この石仏群はもとは則天武后の正当性を立証するよう命じられた僧が立てた寺院より移ってきた客仏で、則天武后の時代を代表する名仏である。なかでも写真の像高85センチあまりの十一面観音龕は出来映えがよく、水瓶をもつ左腕が長く、全体に痩身でありながら、相貌や肉身は張り詰めたみずみずしさがある。本像も8世紀初めを代表する作例で、中国彫刻だけでなく、その影響を強く受けた奈良時代の日本の彫刻の展開を考える上でも重要な作品と東博も大絶賛している。よく細川護立氏は手放してくれたことに感謝し東博東洋館アジアギャラリーをあとにした。
本日(3月29日)天気もよいのでお花見がてら東博に特別企画日韓国交正常化60周年記念「韓国美術の玉手箱」-国立中央博物館の所蔵品をむかえて-を見に行った。展示される仏像は観音菩薩座像。左足を垂らし、右膝を立ててその上に腕を自然に掛けたいわゆる遊戯座の姿勢をとる13世紀の仏像だ。高麗時代の仏像の作例は本像が唯一とのこと。端正で厳粛な表情の顔と、すらりとした体の表現に、華麗な瓔珞装飾が加わった美しい仏像だった。高麗時代の仏像として大切に守られていたため13世紀像とは思えない金ピカの仏像でお国柄を感じた。合わせて高麗仏像として東博所蔵の観音菩薩・毘沙門天像小仏龕も展示されていた。韓国国立中央博物館の紹介動画もありかなりの石仏のコレクションがあり見に行きたいと思った。東博のHPで東洋館五階の韓国仏教美術も合わせて見る紹介がのっていたので、東洋館にも寄った。以前、大津歴史博物館で見た妙傳寺菩薩半跏像が展示されていた。古色で落ち着いた雰囲気の青銅の仏像で今回見た高麗仏よりより精緻な瓔珞があり像高は30センチと小ぶりながら光放ってていた。銅の90%に錫10%と日本や中国にない錫の含有率から7世紀の朝鮮半島伝来の仏像との論文がある。時代が違い木彫仏と金銅仏との違いがあるが、古色のありがたい仏像だと感じた。他にも三国時代や統一新羅時代の金銅仏も展示されていた。対馬仏像盗難事件からもわかるように日本各所に朝鮮半島伝来の仏像があると思われる。あらたな朝鮮半島伝来の仏像の発見を期待してやまない。
京の冬の旅で西陣興聖寺の次に向かったのが、京の冬の旅初公開の華光寺だ。華光寺のある千本出水は京の下町のような雰囲気がある町で千本出水のバス停を降り出水通りを西に向かうと寺町になり、今回公開の福勝寺の隣が日蓮宗の華光寺だ。お寺の檀家の若い女性が本堂の日蓮さんの説明を受けてから隣の部屋に安置されている毘沙門天を鑑賞した。華光寺は豊臣秀吉の庇護を受けて天正年間に創建されたお寺だが、秀吉公が伏見城に祀っていた毘沙門天を寄進したとのこと。鞍馬寺の平安時代後期の毘沙門天と同木で作られたと伝わる毘沙門天は右手に三叉戟を執り、左手は腰に託し、足元で邪鬼を押さえつけた勇ましい姿だった。個人的な感想としては鞍馬寺毘沙門天の芸術性が高く素晴らしい仏像だが、こちらは京都の平安仏としては保存状態も悪く稚拙に感じた。出水の七不思議といって各寺に残された華光寺では「時雨松」「五色椿」が残されており、興味がわいた。隣の福勝寺も気になるので早々にお寺をあとにした。
たたかう仏像展では静嘉堂@丸の内所蔵の十二神将とその鎧の源流である中国の神将像を展示している。秦の始皇帝兵馬俑から始まる俑の埋葬出土品は唐時代に確立し日本の仏像の鎧に受け継がれていく。ポスターにもなっている加彩神将俑は片方が兜を被り、片方が髻を露出する開口・閉口一対の俑。閉口像では胸甲や腹部の下甲、膝裙、吊腿などに朱、白、黒、淡紅、淡青色によって花紋及び唐草文がびっしりと表され、胸甲の覆輪部などに金箔が貼られている。覆輪部の金箔は浄瑠璃寺十二神将子神像にもはっきりと表されるが、前盾のように唐式甲制と異なる奈良時代に一般化された「天平甲制」がみられるのは興味深い。閉口像、開口像ともに胸甲の中央に円花文を表すのは日本の神将像が両胸に立体的に円花文を表す前駆形といえる。甲冑は、両像で異なる形式がとられている開口像では上半身の前後に別々の甲を着ける。おへそを守る腹護には小礼文を描き肩には獣面を表す。両像とも左右の眼が向く方向が上下左右に微妙にずらしているある。これは七世紀後半から八世紀の神将俑一般にみられる特徴だが、東大寺戒壇院四天王や法華堂執金剛神が同様に眼のつくりをしており、このどこから見ても微妙に眼があわない恐ろしい眼のかたちは相当拡がりを想定できる。普段見慣れている日本の神将像の源流がここにあるという展示だった。
祇園で食事を済ませ、西陣にある臨済宗興聖寺に向かった。興聖寺は西陣に佇む禅刹で秀吉に仕え、武将で茶人・古田織部との縁から「織部寺」とも呼ばれている。見所は本堂の掛軸「達磨大師図」だ。にらみつける力強いまなざしが印象的とのことだが、私の興味は掛軸で隠された本尊の釈迦牟尼仏や脇侍の達磨像や弥勒菩薩だ。藤堂高虎寄進の達磨像はさほど関心がなく、江戸時代作の見老菩薩の端正な顔立ちに目がいった。弥勒菩薩には珍しい宝冠をかぶり宝塔を持ち結跏趺坐する。静かな本堂の雰囲気によくあっていた。今回の「京の冬の旅2026」のコンセプトは大河ドラマ主人公・豊臣秀長&秀吉ゆかりの社寺の特別公開だ。ふだん目を向けられない寺院を訪れることができる。御朱印をいただき次の公開寺院に向かった。