2026年5月22日金曜日

特別展「いわきの古刹長福寺と薬王寺」①(長福寺地蔵菩薩)

 


本日、神奈川県立金沢文庫に特別展「いわきの古刹長福寺と薬王寺」を見にいった。福島県いわき市にあるお寺の仏像展をなぜ金沢文庫で開催するのかというとパンフレットによるといわき市の長福寺は奈良・西大寺を総本山とする真言律宗の古刹で薬王寺には称名寺聖教の「宝寿抄」は薬王寺で成立したという関わりからとのこと。図録の表紙の長福寺地蔵菩薩は鎌倉時代に鎌倉中心で活躍した、仏師院誉(いんよ)の作。山本館長の「鎌倉時代仏師列伝」によると着衣の裾が台座の正面をおおう形式は「法衣垂下」といい、衣には、型抜きの土製文様を貼り付ける、いわゆる土紋の技法がみられる。いままで「法衣垂下」は鎌倉時代全国に広まったが、「土紋」は鎌倉地方のみにみられると言われてきた。しかし鎌倉中心に活躍した院誉がみちのくの真言律宗でも活躍したことを如実に表した仏像だ。長福寺を創建した小川義綱は鎌倉御家人佐竹氏嫡流の子でその関係で院誉に地蔵菩薩の製作を依頼したのであろう。ほとけの瀬谷さんの面目躍如の展覧会だった。他にも運慶の大蔵薬師堂像を模刻した薬王寺「厨子入薬師三尊」や仏像クラブで訪問した薬王寺帝釈天も展示され、少ない展示だったが充実した展覧会だった。機会があればまたいわきの寺院を訪問したい。

2026年5月15日金曜日

特別展「神仏の山吉野・大峯」①

5月7日弥勒寺拝観後奈良に戻り、奈良博で特別展「神仏の山吉野・大峯」を鑑賞した。藤原道長自筆の国宝・紺紙金字経修理後初公開に合わせて山岳修行の祖役行者像や蔵王権現蔵など人々が祈りを捧げた神像や仏像など、自然と神仏への信仰が一体となって生み出されたこの地域ならではの宝物を一堂に展観する展覧会だ。第1章「伝説の地吉野」では金峯山寺とその周辺の役行者や蔵王権現の紹介のコーナで冒頭には初めて見る吉水神社の役行者・前鬼・後鬼や特別展「出雲と大和」で見た世尊寺の神像を思わせる十一面観音をじっくりと拝観した。またNHK Eテレで放送された新日曜美術館で実写が許されなかった大峯山寺蔵王権現(本尊)も間近で拝観できた。第2章「金峰山をめざして」では藤原道長が金峯山寺に埋納した紺紙金字経と黄金の経筒や蔵王権現が刻まれた蔵王権現鏡像を拝観した。第3章「ひろがる信仰世界」金峰山寺以外の仏像・神像の世界で如意輪寺の源慶作蔵王権現や勝手神社の勝手明神など見応えがあり第4章「後醍醐天皇吉野へ」では後醍醐天皇陵を守る如意輪寺の如意輪観音や天皇ゆかりの宝物が展示してあった。第5章「豊臣秀吉華の宴」吉見花観図屏風などが展示され第6章「近世・近代の吉野と奈良」明治の人物分離を守られた仏像・神像やロサンゼルスから里帰りした蔵王権現が展示されてあった。奈良博の山口学芸員の概説を読むと今回出展かなわなかった吉野訪問時に見た大日寺「五智如来」や写真展示のみの個人蔵の阿弥陀三尊などまだまだ展示したかった仏像・神像があったようだ。また機会があれば吉野に行き拝観するか、次回の修験道の展覧会での出展を期待してやまない。

 

2026年5月8日金曜日

春期特別展「真如堂の名宝」①

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京都宇治の非公開文化財特別公開に感動した後、春期特別展「真如堂の名宝」を見に龍谷ミュージアムに向かった。受付をすませてから三階の会場に行くと多くの仏像が展示してあった。第1章は真如堂本尊うなずきの阿弥陀の模刻像が展示してあった。私は昨年のお十夜に真如堂本尊を目の前で参拝する機会に恵まれた為、どれもうなずきの阿弥陀には到底及ばない出来だった。次は真如堂の本尊意外の仏像のコーナーだったが、一部を除いてみな小さい阿弥陀如来が多かった。メインの真如堂法輪院喜蓮いの阿弥陀は大きさ三尺ほどの小ささであった。二階には真如堂本尊と同時期の都の平安物で以前行ったとき見逃した福田寺の地蔵菩薩や法然展京博でみた長源寺阿弥陀如来が堂々として異彩を放っていた。総合的にはここまでよく仏像を揃えたなという感じだ。個別の仏像の紹介は後日にするが、願わくば真如堂のお十夜の時期に開催されれば、「本尊は真如堂で」が唄い文句になってよかったと惜しまれる。またよい企画を龍谷ミュージアムに期待したい。


2026年5月7日木曜日

奈良京都2026初夏(再会した弥勒仏)

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今年のゴールデンウィークが終了した翌日(5月7日)に、いつもの通り奈良京都へ出かけた。今年は奈良で「特別展神仏の山吉野・大峯」が開催され、京都では非公開文化財特別公開と龍谷ミュージアム「真如堂の名宝」京博「特別展北野天神」京都文化博物館「令和8年新指定国宝重文展」を見る為のスケジュールを組んだ。奈良博に行く前にお寺へ寄ることが、例年行っており、今年は大和高田の弥勒寺に予約して出かけた。以前奈良博に短期展示した弥勒寺の弥勒仏を偶然拝観したが、たまたま弥勒寺のHPを見つ再会に出かけた。タクシーでお寺に着くとご住職と奥様がお待ちのようで、再会に駆けつけたことをいたく感動されたご様子だった。半丈六の弥勒仏は背無為与願印で広葉樹の一木造。住職の説明だとかなり大きな御神木ではなかったかとのこと。背板や内ぐりから平安中期の作風が顕著。珍しいのは耳タブが網目状に表されている点だ。住職によると中村元氏が兜率天の住む山を表しているとのこと。住職の説明が長くなりそうなので、御朱印の話をし、書置きを頂きお寺を後にした。急ぎ奈良に戻り昼食後特別展神仏の山吉野大峯に向かった。


2026年4月29日水曜日

准秩父三十四札所観音霊場(清林寺聖観音)


 2026年午年、今年は御開帳が多い。3月に板東三十三所観音霊場の一番札所杉本寺に仏像クラブで参拝したが秩父三十四札所観音霊場や先週の準西国稲毛三十三所観音霊場。本日は准秩父三十四札所観音霊場の内32大善寺33龍福寺34清林寺を巡った。今月30日で終了してしまう御開帳期間であったため、計画していたとき、2021年に横浜歴博で開催された清林寺聖観音が御開帳されていることがわかり、本日(28日)に横浜地下鉄センター南駅から清林寺を目指していったがかなり距離があり、札所の紅い旗がたっていた大善寺にお参りしてから清林寺に向かった。若い僧と案内のご婦人がいらしたので書き置きの御朱印を戴き本尊聖観音に参拝した。『横浜の仏像』図録解説の山本勉先生によると菩薩立像(伝聖観音)は像高98センチ平安時代末期の仏像で伝恵心僧都の作で元禄時代の創建の清林寺の以前の伝来は不明。垂髪を結い、上半身に条帛・天衣を懸け、下半身は裙・腰布を着ける菩薩形像である。左手は屈臂し、右手は垂下して、腰をわずかに左にひねって立っている。内刳を施すが、左側頭部、左腕、右手先、両足首先などは後補である。平明な表情の面相や、ゆったりした肉どりの体躯、また静謐な立ち姿などに、いわゆる定朝様の特色を示し、平安時代後期、十二世紀の製作と考えられる。(中略)いま独尊の聖観音とされているが本来は三尊像の脇侍像の一つとして製作されたものであったかと思われる。平安時代に三尊像を安置する寺院があったことを推察される貴重な遺品であるとのこと。龍福寺の古そうな十一面観音立像を参拝して東急バスで綱島に出て帰路についた。