2026年8月9日日曜日

特別展「京都・真如堂の名宝」①(福田寺地蔵菩薩)


 今年の春に龍谷ミュージアムで開催された展覧会が三井記念美術館でも開催されていたので、先週の金曜日猛暑の中でかけた。この展覧会では真如堂の檀家である三井家の展示に多くのスペースがさかれ、仏像は真如堂の仏像と同時代の仏像が同じ大きな部屋に展示してあった。改めて見ても福田寺の地蔵菩薩は異彩を放っていた。2019年に福田寺を訪れているが龍神目当てで地蔵菩薩・釈迦如来の拝観は依頼していなかった。解説では左手を屈臂して宝珠を捧げ、右手は屈臂して第一・三・四指を捻ずる。(寺では錫杖を持つ)台座蓮肉も含め全体をヒノキの一材から彫出しており、体躯のみ背面から内繰り、長方形の蓋板を当てている。現状古色に覆われているが、当初は彩色を施さない素地仕上げであったかと思われると記載されている。今回の出展にあたりはじめて調査がはいったと思われる無指定の地蔵菩薩だ。寺の縁起では福田寺創建のおり行基菩薩が彫ったという寺伝が残されている。図録には体躯は腰から脚部にかけて量感に富み、大脚部の衣文を省略して肉付きを強調するところは京都・神護寺薬師如来をはじめとした八世紀から九世紀の立像にしばしば見られる形式を踏襲している。製作は九世紀から十世紀初めと思われるとのこと。やはりこの地蔵菩薩に他にない迫力を感じたのは神護寺薬師如来を初めて拝観した感覚と同じだった。真如堂本尊を遡る古例な仏像であることは間違いないであろう。

2026年8月1日土曜日

弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」②(安祥寺の五智如来)


「空海と真言の名宝」展に出展される仏像は88点と多いので順不同で紹介する。最近の仏像展の傾向として最後に写真撮影可能なエリアがありそこに置かれていたのが、京博でおなじみの安祥寺五智如来だ。この五智如来は明治のころから京博に預託されており、もとは現在焼失した多宝塔に祀られていたが、明治の火災のおりには京博に預託され難を逃れたいわくの仏像だ。安祥寺の創建は平安時代前期の848年。安祥寺資財帳にも五智如来がいつ造像されたか記載がないが、多くの研究者が検討を加えており、創健者であり空海の孫弟子である恵運僧都が唐から帰国した嘉承元年(848年)から貞観元年のあたりとみてよいとのこと。大日如来像は目が鋭く、まるく張った頬、単純化した肉取り、大まかにとらえた衣の襞など力強い表現である。肩から肘までを含め体部が一材から彫出する。ネットで騒がれていた大日如来のヘアの質感が押したら戻ってきそうな不思議なムニムニ感の秘密の種明かしをすると、形状は木彫で表わされているが、その上に木屎漆を用いているためとのこと。その技法は奈良時代の造仏工房の流れを汲む官営工房が用いたと考えられ、製作年代は安祥寺発願者が仁明天皇の皇后藤原順子とのこと、仁明天皇崩御の嘉承3年(850年)あたりから造像され五智如来完成が880年頃ではないかと考えられる。金箔は後世の補修だが貞観以前に製作された平安仏の貴重な作品であることは間違いないだろう。


 

2026年7月25日土曜日

弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」②(願興寺の聖観音)


 2014年年末に多摩市の多摩美術大学美術館に「四国遍路と土佐のほとけ」展を見に行って、その主催が出した「いにしえの祈りのかたち四国の仏像」(淡交社刊)という写真集のなかで気になっていたのが、この願興寺聖観音だ。それが今度の空海と真言の名宝展に出展されるという情報を事前に知り、第一会場の空海ゆかりの名宝のコーナーに向かった。聖観音は奈良時代の作で、四国でも最古級の仏像で、地方仏の数少ない脱活乾漆造の名仏だ。髻は高く毛筋は丁寧に表わされ、目や口は写実的で穏やかな表現であり、清純なおとめをおもわせる顔つきでややうつむいている。胸や腹部の起伏はなだらかで均整がとれ、胸の瓔珞や腕の飾りは華やかでこの仏像をひときわ美しいものとしている。背面を含めて衣文は丁寧に表わされ、細く鎬立った衣文など細部は檜材をひいたおがくずを漆で練った木屎をへたで盛り上げたあと磨いて作り上げた木屎漆の技法が使われていることから、この仏像の製作は平城京であっただろう。奈良時代の古代寺院から受け継いだ客仏か不明だが小ぶりの仏像であるが、天平彫刻の優美さを備えた、作例の少ない脱活乾漆造の優品の一つであるとのこと。じっくりと鑑賞していたかったが、快慶の深沙大将も気になるので次の展示に向かった。


2026年7月20日月曜日

弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」①

 


本日(7月19日)仏像クラブで弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」を見に東博に出かけた。何回か空海の展覧会は開催されたが、今回は真言宗大本山会の協力のもと、本山と関係寺院の彫刻と秘宝・秘仏や御七日御修法(ごひつにちみしほ)の紹介など盛りだくさんの内容とのこと。例によって仏像中心で見ていくと、第一章「空海と真言密教」では金剛峯寺の秘仏弘法大師や空海修業時代の香川・願興寺の聖観音が展示してあった。また密教図像の代表作として高野山霊宝館の快慶深沙大将と執金剛神像や密教図像の展示があり、第二章「御七日御修法の世界」では東寺の二間観音、第三章「真言宗各派の名宝」では真言宗豊山派総本山長谷寺の鎌倉時代の銅像十一面観音や真言律宗総本山西大寺の金銅透彫舎利塔などが展示されてあった。第四章「真言宗各派の彫刻と秘仏」では傑作仏や秘仏がこれでもかと展示されていた。世田谷美術館の白州正子展で見た三重観菩提寺の十一面観音やTV見仏記で放送された高野山金剛三昧院の千手観音。大阪大門寺の秘仏如意輪観音から山梨・放光寺の天弓愛染明王、京博展示の京都安祥寺の五智如来と傑作仏・秘仏の目白押しだった。昼食の関係でゆっくりと観れなかったが、一度では物足りない仏像の数々だった。詳しい仏像の紹介は次回にするが、真言宗各派には展示されていない秘仏がたくさんあり、寶山寺の不動明王や観心寺の如意輪観音など秘仏の名宝がたくさんあるので次回に期待したい。図録グッズを購入して御徒町の天ぷらや天寿々で大いに語り合った仏像クラブの面々だった。



2026年7月14日火曜日

春季特別展「真如堂の名宝」②(真如堂地蔵菩薩)


 第一章真如堂の創建と「うなずきの弥陀」で真如堂本尊の模刻像を鑑賞したのち、第二章真如堂に伝わった仏教美術の精華ではこの展覧会の目玉である新出の阿弥陀如来二躯と真如堂創建当時の十世紀からの名宝が展示されていた。この地蔵菩薩は本尊と同じ時期に製作された仏像で、貞観仏に代表される重厚な作風と森厳な表情の一木造から、温和で優美な作風への転換点の仏像だ。寺伝では比叡山より勧請された十禅師社(日吉神社)の旧仏とされている。針葉樹の一木造で内刳りはなく、木心は像前面に外している。目鼻を頭部の下半に集め、幼児に近い表情を作り、Y字形に表された衣文は翻波式を交えつつも浅く控えめに彫られている。像底に丸孔を穿ち、台座から雇枘を挿す技法で、十世紀後半の作風を示している。ただし頭部は体躯に比べて過大で、頭体ともに奥行きを十分にとる。大衣は偏袒右肩で覆い、下半身に裙を巻く。右手は垂下し、左手は腕前に挙げ宝珠を捧げ持つ。重々しい表現が支配的で保守的な作風から製作時期は十世紀後半にさかのぼるとみられ、真如堂創建に先行する古像とのこと。どこかユーモラスで余り見かけない作風から神仏混淆の仏像だと理解した。