2023年12月16日土曜日
2023年12月2日土曜日
大阪奈良仏像の旅③(廣智寺不空羂索観音)
金剛寺から難波に戻り遅めの昼食を済ませて、高槻の廣智寺に向かった。ネットの写真でその魅力にとりつかれ大阪では是非会いたい仏像のひとつだった。寺伝によると聖徳太子草創のお寺で、江戸時代に太子信仰が篤い高槻城主が再興したとのこと。以前お寺では6臂の十一面観音と祀られていたが、あまりにも痛みが激しいので美術院に修理を依頼、八臂の不空羂索観音と判明した。鑑定にあったたのは、古佛でお馴染みの井上正氏で「衣の衣文などから、奈良時代にさかのぼるのではないか。近くにある霊松寺は、奈良時代に活躍した行基開創の伝承を持っており、行基にかかわる像とも考えられる。」と記者に話したようだがまさに井上先生らしい鑑定内容だと感じた。行基かどうかはわからないが、榧の一木造りで重量感たっぷりの仏像だ。ご朱印をいただきお寺をあとにし奈良に向かった。
2023年12月1日金曜日
大阪奈良仏像の旅②(帯解寺の地蔵菩薩)
長岳寺から帰って奈良駅近くの「やまと庵」で昼食をとってから奈良駅からJRで帯解寺下車駅ズバリ帯解向かった。車窓から見える帯解寺は駅降りてすぐわかったが、本堂に入って清和閣の渡り廊下から特別開帳の会場に入ったが、入口付近のボランティアの女性から清和閣の受付で拝観料を払ってから来るように注意された。目当ての三面大黒天は大したことなかったが本堂の地蔵菩薩が素晴らしかった。ここ帯解寺は安産祈願のお寺で入口に腹帯を着た下半身のマネキンがあり、七五三の時期で女の子が地蔵菩薩の前で安産祈願をしている貴重な光景に出くわした。中央奥は御堂と直結した収蔵庫になっており、そこに重量感のある地蔵菩薩が安置されていた。岩座の上で半跏の形をとり、左足をおろしている。頬の張ったふくよかな顔、狭めの肩幅、そして何より衣の下で裳の紐を結ぶ。鎌倉時代の作だ。脇侍は右に千手観音左に十一面。どちらも江戸時代の作だ。案内の僧侶もいたのでじっくり鑑賞できなかったが見仏記によると「弥勒を思わせる優美な半跏を行う足の甲は、滑らかにふくらんで観音のそれのようであった。おろした左足の親指もツンと上がって美しい。」とのこと。入口で御朱印をいただき、次の地蔵の寺福智院に向かった。
2023年11月6日月曜日
大阪奈良仏像の旅①(河内・金剛寺の大日如来)
今日(11月3日)から大阪奈良仏像の旅に出ている。今回の旅の日程をきめた、天野山金剛寺の御開帳に来ている。バス停を降りてすぐ金堂に向かう。格子ごしかと心配したが、遠くからだが、仏に向き合えるのはありがたかった。仏像は中尊が大日如来脇侍が不動明王と降三世明王の三尊形式でどうやら円珍が請来したお経に書いてあるとのこと。中央の大日が定朝様式の優美なお姿、脇侍が慶派の行快作と五十年かけて完成した三尊形式だった。大日の光背には曼陀羅の37尊が、蓮華座の下には七体の獅子が置かれている。明日は奈良で、玉眼が初めて使われた仏像を拝観する予定だ。
2023年11月4日土曜日
大阪奈良仏像の旅②(福智院のプリズム地蔵)
奈良最後のお寺は御開帳をしている福智院にきめた。奈良バスナビの窓口で時刻を教えてもらいバスで福智院町に向かった。窓口にテレビ見仏記御出演の奥様がいて日本最大のお地蔵さまの説明をしてくれた。慶派の康慶が主導して作らせた像高272センチ木造截金文様の鎌倉時代の仏像。光背に地蔵菩薩坐像6体と十王像2体。周縁部に地蔵菩薩立像(後補)560体で567体の5憶7千万年後にやってくる弥勒秘数そのものであった。さらにいえば光背の両脇の最も下には閻魔大王、太山王という死者の国の王たちがいた。お昼すぎに伺ったので、お地蔵様の光背に日の光が当たり、プリズムが虹色に輝いていること(学者先生が3年前に指摘)を一生懸命説明してくれた。福智院は二回目だが、訪れる時間帯により表情を変える仏像に驚かされ、お寺を後にした。
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