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2022年8月14日日曜日

特別展「大安寺のすべて」⑪(行教律師像)


 大安寺釈迦如来像をめぐる世界のあと、大安寺をめぐる人々と信仰と題し大安寺に関わった菩提僊那や空海などのお坊さんの展示のコーナーにこの行教律師像があった。行教律師は宇佐神宮から八幡神を招いて京都に石清水八幡宮を立てた坊さんでこの像は石清水八幡宮の麓にある神応寺に祀られている。奈良博研究員N藤氏はきわめて個性的と解説しているが、古佛の井上氏にかかると抜きんでて尋常でない表現を感じさせる像だという。井上氏によると「歪みの造形が目に付く。座形は左へ大きく傾き、肩は右上がりで、腰の重心と頭頂とが大幅にずれている。頭部、体部および足膝の向きが少しづつ異なり、この部分どうしがぎこちなく一種武骨な感じで全体をなす様子は苦悶に近い感じがする。」N籐研究員も目や鼻・唇の異常さには気づいていたが「独特の迫力があり」という記述にとどまっていた。井上氏は男山地主神の像で行基製作という結論に達したようだが、N籐研究員は僧形八幡神として祀られた像という可能性を指摘するにとどめている。実際の仏像も隣の絵画と見比べると行教のものとは思えない不思議な仏像だった。

2022年7月16日土曜日

特別展「大安寺のすべて」⑩(四天王のうち持国天)

大安寺に伝わる四天王は作風の相違から当初の組み合わせとはみなしがたいものの、いずれもカヤとみられる針葉樹の一材から彫りだす構造で、重厚な体つきや各所に文様を彫りだす点も共通性がある。大安寺の菩薩像と同じく後補部が多く伝持国天・伝増長天は肩より先、他の四天王も後補であるため手の構えが当初とは異なり、現在の名称も入れ替わっている可能性が考えられる。ニコニコ美術館でN藤研究員もっともすぐれた出来栄えが多聞天と言っていたが、確かにそうだと感じた。だがそこが写真家のみせどころで、あえて駄作という印象の持国天をすばらしくみせている。持国天は四天王のうち最も像高が高く頭髪の毛筋彫りや腰にベルト状の帯を回すなど他の四天王との差異が目立つ。伝広目天のポーヅから東大寺戒壇院厨子の神将像と同じ鞘裁きから早良親王のもと大安寺の復興がなされた8世紀までさかのぼる説がある。謎に満ちた四天王だった。
 

2022年6月18日土曜日

特別展「大安寺のすべて」④伝不空羂索観音

 

ニコニコ美術館でN藤研究員が言っていたが、この伝不空羂索観音も8本の腕が後補で東大寺の不空羂索観音のようにひたいに第三の目がないことから尊名が変わった可能性があるとのこと。図録によるとまぶたのうねりが強く、面幅の広い顔立ちは大安寺の木彫群の中でも異色であり、太づくりの体つきも一連の木彫群にみる胴を絞って腹部の張りを強調した表現と趣を異にしている。太ももに別の衣をつけているように見えるのは大安寺の一連の仏像群に見られる裙を帯で締めて折り返す形式が崩れたものだとのこと。髻は荒彫した上に木屎漆を盛りつけて髪筋を刻むが、同様な手法は伝馬頭観音・十一面観音にも見られる。彩色は剥落が著しいが、着衣部に草花で埋めた丸文や小花文が見られる。さすが快慶でお馴染みの山口学芸員の解説だ。細かな描写によるこの仏像の全体像を説明する手法に舌をまいた。

2022年6月3日金曜日

特別展「大安寺のすべて」③(伝楊柳観音)

 
ニコニコ美術館でN籐研究員が言っていたが、頭に伝がつくのはのちの時代の後補で尊格変わった可能性があったためとのこと。忿怒の表情からとても観音様に見えないが、彫られた首飾りからキラキラした宝石がまるでちりばめているようだった。髻が後補のため、以前は馬頭観音の馬が表されたという説もある。またN籐研究員がへそが彫られいないことから薄布まとっている可能性が指摘されたいへん興味深かった。そのほか足元に板状のものは東博で見た踏み割り蓮華座だといわれるが、どうみてもサンダルのようで、横に切り込みが入っていることから、阿修羅のはいいていた草履のようにも思われたが鼻緒の痕跡はないとのこと。なかなか謎が深まった楊龍観音であった。

2022年5月14日土曜日

特別展「大安寺のすべて」②(秘仏十一面観音)

 

大安寺のすべて展は「ニコニコ美術館」の放送が5月8日のため事前情報なしで拝観した。それをサポートしたのが、以前も書いた鑑賞ガイドだった。十一面観音は頭部・左腕・右腕が後補だが、奈良時代木彫像の質の高さを伺い知ることができる貴重な遺例だ。本体から彫りだされた胸飾りがすばらしくガイドには「素敵なデザインとってもリアル!」と書かれており、台座の彫刻は「蓮の花びらだ!」と解説されていた。またN籐研究員によると裙の折り返しの上にベルト状の帯を付け、そこからはみ出した裙の衣の縁を波立たされるのは中国人工人が製作した唐招提寺の木彫群に影響を得ているが、唐招提寺の堂々した体躯とは異なり、肩を張らずに力の抜けた感覚があり、全体に誇張の少ないゆるやかな肉どりで構成され、均整のとれたプロポーションを有する。本像の造形には伝統の保守性と新様式の受容が同時に認められると図録の解説にある。確かに日本人に受け入れやすい十一面観音だった。


2022年5月2日月曜日

特別展「大安寺のすべて展」①


京都から奈良に移動して午前中のお寺巡りのあと奈良国立博物館で大安寺すべて展を見に行った。わが国初の天皇発願寺院の寺を原点とし、平城京に広大な寺地と伽藍を構えた大安寺の歴史をたどる展示だった。会場でわ「大安寺のひみつ」と題した鑑賞ガイドが配布されていて展示品の見所が分かりやすくまとめてあった。大安寺は1400年前の飛鳥時代に百済大寺として建てられ引っ越しと改名を繰り返し、最終的に平城京で大安寺となった。「第1章大安寺のはじまり」では飛鳥の大官大寺跡出土の隅木先金具が展示されており、ガイドに隅木の場所が図解されたり当時は金ビカだったことが、解説されていた。「第二章華やかなる大寺」では大きく力を持った大安寺の仏像や出土品の陶枕が展示され、作品保護のため照明を暗くした館内のため気がつかなかった、十一面観音の台座の蓮の花びらの彫刻などが解説してあった。あとはそれぞれの仏像の際のべるがドップリと大安寺の歴史を堪能できよかった。図録とクリアファイルを購入し、天平庵でお土産を購入し、奈良を跡にした。