三重の仏像2026④(神宮寺多聞天・持国天)
竹成大日堂のあと、バスでJR四日市へ。そこに乗り入れてる伊勢鉄道で鈴鹿サーキット稲生駅に降り立った。住宅街を抜けると神宮寺についた。予約していたので奥様が快く迎えてくださった。さっそく収蔵庫を開けてもらい仏像を拝観した。こちらには国重文の小ぶりな81センチ余りの薬師如来立像(11世紀~12世紀一木造)と国重文等身大の持国天・多聞天(10世紀一木造)及び三重県指定の淳和天皇と伝わる男神像が祀られていた。こちら神宮寺は聖武天皇の御代光明皇后により全国に作られた施薬院の1寺という古い縁起の寺院だ。持国天・多聞天は、現在二体一具の像として伝来している。寺伝によると行基が伊那富神社内に天平年間に製作し明治の神仏分離で現在の地に移転している。両像とも鎧兜をつけて邪鬼を踏みつける一般的な姿で、動きの少ない落ち着いた姿勢を示す。持国天は顔をやや右下に向け、右手を体側に沿って穏やかに下げ宝剣を持つ。左手は胸前に挙げて掌を上にして第一・二指を捻じる。多聞天は右手を腰、左手は屈臂して胸前で多宝塔を捧げ持つ。材質はクスノキで頭部から邪鬼に至るほとんどを一材でつくり腕・手先は別材。瞳やひげを墨で描く。神宮寺の仏像のなかで一番古いがその出来にぐっときた。本堂に移り、薬師如来と像高1メートルの深沙大将(11世紀~12世紀一木造)を拝観した。神宮寺は見所も多く謎の仏像もありあっという間に電車の時間が近づいていたので、裏道を案内してもらい駅について。三重にはMOOKに紹介されていない公開寺院の素晴らしい仏像があると感じた。
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