2015年3月21日土曜日
2015年3月14日土曜日
みちのくの仏像展④双林寺の薬師如来
今回の「みちのくの仏像展」で初めて出会ったのが、この双林寺の薬師如来だ。 この仏像のことを初めて知ったのはテレビニュースで東日本大震災で損傷した仏像として紹介されていた。脇侍の持国天が東日本大震災の余震で薬師如来の左腕に倒れかかり両像とも破損したとのこと。今回の展示ではみごとに修復されていて、まさに復興のシンボル的な仏像だ。平安初期の仏像で、最澄自刻像との伝承がある。比叡山延暦寺にある最澄時刻像に似せてつくった「天台薬師」のひとつで、額がせまく腹部のしわが二重に刻まれている特徴を持つ。材質はケヤキを用いていて東国の仏像に多く用いられているとのこと。脇侍の持国天・増長天もすばらしく、いかにもみちのくらいし仏だ。この薬師如来の前で多くの人たちが東北の復興を願ったことだろう。
2015年3月7日土曜日
円空・木喰展③少林寺の護法神
会場に展示されている円空仏のうちひときわ目立った展示品がこの少林寺の護 法神だ。いままで多くの円空仏を見てその抽象性に驚かされていたが、わずか1メートルに満たない木片に目と口の切り口をいれた顔面に最小限の彫刻を施した作品にはびっくりした。「こんな円空見たことがない」と思わせる作品で監修者の小島先生も著作の「円空と木喰」のなかで、「円空様式ともいうべきダイナミックで抽象性の高い自己表現を確立していく」作品としてこの護法神を紹介している。これがその後の「木端(こっぱ)仏」などの円空らしい作品へと発展していく契機となる。会場では初期の仏像らしい作品からいきなりこの護法神が展示されているため作風の変化に驚かされる。U案内人も単に木片にしか見えないこの円空仏を「これも作品なのか」と驚いていた。ここからわれわれは円空ワールドに引き込まれて多くの作品を見ることになるが、まずはこの作品にやられたという印象を持った。
2015年2月28日土曜日
みちのくの仏像展③成島毘沙門堂の吉祥天
今回の「みちのくの仏像展」で多くの仏像と再会をはたすが、この岩手県成島毘沙門堂の吉祥天にも6年ぶりに会うことができた。平成21年に毘沙門堂を訪問した際はただただ兜跋(とばつ)毘沙門天の大きさに圧倒されて、脇侍の吉祥天が印象にのこらならかった。その後、2012年に発売された別冊太陽「みちのくの仏像」の表紙をこの吉祥天が飾り、がぜん注目するようになった。今回会場のほぼ中央に静かに立っている吉祥天と対峙したが、あらためて美しいと感じた。頭冠に二頭の象を乗せている姿は他の吉祥天にはなく、本当の尊名は不詳とのことだ。だが、名前などどうでもよかった。彩色が落ち、薄オレンジの木目が鮮やかに浮き出たその仏像は、見るもの目をおだやかに引きつけていた。腰周りは少し太めで、胸をあらわにはだけているのだが、なぜかエロティックさが抑えられている優しく閉じた目から受ける印象も、不思議に官能から遠い。私は会場を回りながら、何度も吉祥天の前に戻りあくことなく眺めていた。
2015年2月21日土曜日
円空・木喰展②真教寺の十一面観音
円空・木喰展会場では円空のごく初期の仏像から晩年の仏像まで展示されていた。円空は最初から木端仏(こっぱぶつ)のような前衛的な仏像を製作したわけではない。会場を入ってすぐに展示されていたこの十一面観音は円空が奈良遊学の折に見かけた法隆寺の百済観音や救世観音から学んで製作したといわれている。両手首から天衣を垂らした姿はまるで百済観音のようだ。立っている蓮の台座が両足に分かれていて「仏が歩いた先に蓮の花がさく。」という東博の菩薩像にも似た十一面観音だった。蝦夷地やみちのくに向う前に製作されたたいへん貴重な仏像だった。二メートル以上ある大きな仏像をいつまでも眺めていた。
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