2014年8月7日木曜日

奇跡の千手観音

おおい町で2番目に訪れたのが、意足寺だ。タクシーを降りると御住職がここ
ろよく迎えていただいた。この寺からの連絡は出発の前日にいただき、それまで拝観をあきらめかけていたのだが、ぎりぎりで間に合った。頑丈な収蔵庫のなかに1メートルのこぶりな千手観音がおられた。お顔やお体はどっしりとした存在感があり、頭上の十一面や四十二本の手の表現も見事なものだ。細く小さい手にそれぞれ持物をもち細かな表現をしている。御住職の話では昭和二十八年に台風による山嵐(土砂崩れ)の被害を受け、厨子ごと流されたが、観音様はほとんど無傷で発見され、最後に残った手も土地の古老が偶然見つけたとのはなしだ。御住職も「奇跡としか思えない」とおっしゃっていた。伝教大師最澄作と伝わる千手観音の奇跡に驚き、平安時代から変わらぬお姿に感動して寺をあとにした。

2014年8月5日火曜日

加茂神社の千手観音

小浜の旅の終わりに福井県立若狭歴史博物館に向かった。ここはつい先月リューアルオープンした博物館で、若狭各地の仏像や仏像のレプリカが展示しているコーナーがあり、まさに海の奈良を実感できる展示スペースとなっている。ここで私が注目したのが、加茂神社に伝わる千手観音だ。以前テレビで紹介された秘仏で、ぜひ会いに行きたかった仏像だ。その観音様が博物館で展示されるとの情報を博物館フェイスブックで確認していた。仏像は平安時代のヒノキの一木造の千手観音で重文指定を受けている。とても保存状態がよく千手観音の事物もよく残っている。写真では解らなかったが、肉厚な胸の割に腰が恐ろしく細く奈良聖林寺の十一面観音のようにインドの呼吸法アナパーナサチを表している。これは中央の仏師の作と見て間違いないだろう。小浜が改めて京都文化圏だということを理解できた秘仏だった。

2014年8月4日月曜日

清雲寺の毘沙門天

今日はおおい町にある三ヶ寺を巡って、小浜の寺巡りをしている。愛想のいいタクシーの運転手によると、ほとんど仏像を見に来た人を案内した経験がないとのこと。私はテレビの番組で芸大女子学生の模刻製作の紹介番組を見てから、ずっと会いたかった仏像がここおおいにあることを知って若狭路の旅を計画したぐらいだ。その仏像とは清雲寺の毘沙門天で脇侍に吉祥天と善膩師(ぜんにし)童子を従えている。毘沙門天は細身に造られ派手な意匠で、両手の衣の端、裳は風にひるがえり、目鼻だちは強く引き締まり、写実的な筋骨、憤怒の様相がうかがわれる。番組では脇侍のニ体がクローズアップしていたが、私は断然毘沙門天がかっこよいと思った。管理人の方も毘沙門天が好きらしく、わざわざお寺のスタンプに使っている。素晴らしい仏像との出会いを感謝して、小浜に向かった

2014年8月3日日曜日

金剛院の執金剛神(しゅこんごうしん)

今日から若狭路を巡っている。若狭に入る前にどうしても見たかった仏像を見に行った。それは舞鶴にある古刹金剛院の深沙大将と執金剛神だ。快慶作とはっきりしている仏像だ。お寺の方の説明だと快慶初期の作品とのことだったが、出てきて快慶のサインは安阿弥陀とのこと。ニ体とも1メートルほどの仏像だが、作品の出来は素晴らしい。特に金がよく残っている執金剛神が良かった。宝物殿に座り込んで、いつまでも眺めていたかったが、電車の時間もあるので、お寺を後にした。

2014年8月2日土曜日

南山城の古寺巡礼展⑨

今回の南山城の古寺巡礼展では、写真でも見たことがない、多くの初めて
見ることができた。この海住山寺の薬師如来もそのひとつで、眼球がやや目頭側に寄るようにあらわされている個性的な表情だ。私も行った「書写山円教寺の常行堂の阿弥陀如来(予約していなかったため見逃したが)などを思わせる」と図録の作品解説に書いてあったが、製作は10世紀末ごろだろうか。「TV件仏記」(播州姫路編)で言っていたが、平安時代前期の仏師安鎮(あんちん)の作であろうか。解脱上人定慶以前の「海住山寺」を伝える貴重な仏像だ。その特徴ある表情が気になって印象に残った仏像であった。