2026年8月30日日曜日

弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」④(須磨寺十一面観音立像)


 須磨寺は『源氏物語』などの古典文学や『平家物語』の歴史をいまに伝える名刹だが、訪れたことはなかった。週刊古社名刹巡拝の旅という週刊写真雑誌でこの十一面観音立像の写真が掲載されていたが、こんな素晴らしい仏像だとは思わなかった。本像は高さ54センチの小ぶりな流麗な作りの十一面観音。表面は素地仕上げとするものの、赤褐色を呈するのは希少材である檀木のうち赤栴檀を意識してなんらかの染料を薄く塗っているとみられる。眉ははっきりと刻み、鋭い眼差しをみせながらも目尻の上がり具合は控えめである。下半身にまとう衣の端をにぎやかに表わす造形と合わせて、鎌倉時代中期頃の制作とみられる。なお、光背は頭光の位置が合わず、台座は蓮肉上面に像本体を差し込むための枘穴を改変した痕跡があることから、これらは他像からの転用とみられる。台座には近世の筆で寛元三年(1245年)安阿弥(快慶)の作とする伝承、北条時房の室の持仏であったことが記されている。ここからは私の推測だが、承久の乱のおり後鳥羽上皇を京から追い出し隠岐に配流しそのあと六波羅探題にいすわったのが北条時房。その死を後鳥羽上皇ののろいと京わらべがうわさしたことから、あながち単なる伝承とも捨てがたい。ひとつの仏像にもいろいろな歴史が刻まれていると感じた。

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