2014年9月13日土曜日
2014年9月6日土曜日
仏像のみかた(鎌倉時代編)
8月の最終日である今週、日曜日上野の東博に「仏像のみかた(鎌倉時代 編)」という特別展示を見に行った。おなじみの「菩薩立像」や運慶の「大日如来」の展示だったが、「親と子のギャラリー」との表題がついているように子供向けの解説やわかりやすいように雲にのる観音や波をわたる「渡海文殊」の姿の演出があり、親子で楽しめるような展示だった。また多くの仏像が露出展示で写真撮影ができるようになっており、夏休みの自由研究用に工夫されている。いつも見慣れた仏像も新鮮に見えた。展示作品数も多く11室と14室に分かれていた。この中で私が注目したのは康円作愛染明王の厨子で、諸尊が描かれており興味がつきない。14室の運慶の十二神将を撮影していると、「浄瑠璃寺の関係者と名乗るご婦人に声をかけられ、写真を撮ってもらうことがうれしいとのこと。お寺の方の素直な感想にふれてよかった。法隆寺宝物館がまだ開いていたのでそちらに向かい本館を後にした。
2014年8月30日土曜日
常禅寺の不動明王
おおい町を訪れ最初に向ったのがこの常禅寺だ。おおい町の多くの寺がそ うであるように、ここ常禅寺も住職がいない無住の寺院で町の組合長の方に連絡を取ってみせてもらう約束をして出かけた。この常禅寺の不動明王を始めて知ったのは仏像クラブを始めてまもないころ、学研の「神仏のかたち不動明王」を購入した際、表紙になっておりずっと気になっていた不動明王だ。おおい町のホームページを調べたときたまたま載っており、今回の旅行の訪問寺院に加えた。収蔵庫をあけてもらうと、像高80センチの力強い不動明王が現れた。平安時代の作で名品揃いの藤原時代の不動明王の中でも佳作に挙げられる。訪れる人も少ないおおい町にこれほどの名品があるのには驚かされる。若狭には藤原氏の荘園があり、中央の影響が濃い多くの仏像がつくられたとのこと。一人で心行くまで不動明王を鑑賞し、おおい町の次のお寺に向った。
2014年8月22日金曜日
神宮寺の薬師如来
若狭3日目は自転車で遠敷(おにゅう)の古寺を巡った。なれない電動自転 車で転びながらたどり着いたのが、神宮寺だ。少しマンガチックな仁王がたつ門をくぐり、緑のまっすぐな参道を進む。ここは奈良のお水取りに使う水を送る寺で、八世紀依頼、綿々と続く儀式に深くかかわっているため、参道もどこか他の寺と違った、おごそかな雰囲気だ。拝観料を払って本堂に向う。こうし戸の中にオレンジ色の照明があるのだが、それでも中は薄暗かった。ずらりと何かが並んでいるのだけがわかる。3日目に予約しないと内陣には入れないが、参拝者のために大きな懐中電灯が用意されていた。目がなれてくると中央に薬師その周りに不動、十一面、十二神将が置かれ、布がかかっているコーナーもあった。ここは典型的な神仏習合の寺で、布の置くには「大神社展」で拝観した男神像と女神像が祀られている。右端には本尊より古い鎌倉時代の御前立ちの薬師如来が祀られている。ガイドブックにものっていたきれいな顔をした薬師如来だが、とにかくうす暗くよく見えない。絵葉書を購入した際、係りの方に場所を聞きなおして再度見に行ったぐらいだ。奈良のお水取りに使うありがたいお水をいただき、寺をあとにした。
2014年8月16日土曜日
妙楽寺の二十四面千手観音
おおい町の仏像を午前中に見て、午後からタクシーで小浜の寺を巡った。羽 賀寺の十一面観音に再会したあと、妙楽寺に向った。ここには白洲正子も絶賛した千手観音がおられる。しかも真数千手といって手が千本あり、頭上には二十一面と顔両脇にある菩薩面と憤怒面とあわせて二十四ものお顔をお持ちになっている。憧れていた写真は外に出したお姿であったが、実際のお寺では狭い厨子に収まっている。そのため両脇のお顔もよく見えない状態だった。うす暗いながら正面のお顔はよく見え、上唇はぽってりと厚く、目はおぼろげ。その視線は妖しく、かつ冷たい。美しさに背筋がぞっとする。みうらじゅん氏によるとフェニックスのように空を飛べる観音というのもうなずける。かつては秘仏だったので文句は言えないが、厨子を出たお姿をじっくり見たかった。お寺で観音の写真を購入し次の寺に向った。
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