たたかう仏像③(加彩神将像)
たたかう仏像展では静嘉堂@丸の内所蔵の十二神将とその鎧の源流である。秦の始皇帝兵馬俑から始まる俑の埋葬出土品は唐時代に確立し日本の仏像の鎧に受け継がれていく。ポスターにもなっている加彩神将俑は片方が兜を被り、片方が髻を露出する開口・閉口一対の俑。閉口像では胸甲や腹部の下甲、膝裙、吊腿などに朱、白、黒、淡紅、淡青色によって花紋及び唐草文がびっしりと表され、胸甲の覆輪部などに金箔が貼られている。覆輪部の金箔は浄瑠璃寺の十二神将子神像にもはっきりと表されるが、前盾のように唐式甲制と異なる奈良時代に一般化された「天平甲制」がみられるのは興味深い。閉口像、開口像ともに胸甲の中央に円花文を表すのは日本の神将像が両胸に立体的に円花文を表す前駆形といえる。甲冑は、両像で異なる形式がとられている開口像では上半身の前後に別々の甲を着ける。おへそを守る腹護には小礼文を描き肩には獣面を表す。両像とも左右の眼が向く方向が上下左右に微妙にずらしているある。これは七世紀後半から八世紀の神将俑一般にみられる特徴だが、東大寺戒壇院四天王や法華堂執金剛神が同様に眼のつくりをしており、このどこから見ても微妙に眼があわない恐ろしい眼のかたちは相当拡がりを想定できる。普段見慣れている日本の神将像の源流がここにあるという展示だった。
0 件のコメント:
コメントを投稿