2021年1月17日日曜日
2021年1月9日土曜日
快慶展⑯「東大寺の地蔵菩薩」
2017年5月に奈良博で開催された特別展「快慶」で東大寺の地蔵菩薩に再会した。この仏像を初めてみたのが2010年に開催された東大寺大仏展だ。大仏が出品されないのに上野で奈良大仏をテーマにしたユニークな展覧会だが、そこにひっそりと快慶の東大寺阿弥陀如来とこの地蔵菩薩が展示されていた。友人が台座の美しさに思わず声をあげたことを思い出したが、奈良博山口学芸員の図録解説によると後補でもとは湧雲上の台座であったという。製作年代は師匠の重源がなくなる前後の法橋時代だ。切れ長の眼を持ち秀麗な顔立ちや整理のゆきとどいた衣の表現は、快慶が追及した形式の美の極致をしめし、腰をわずかに左にひねり、右足を前方に出す立ち姿と、それに呼応してゆらめく着衣とが、地蔵来迎の現実感をより確かにものにしている。ここに形式的整理と写実的な表現とが見事に融合した、快慶様式の完成をみることができると山口学芸員も大絶賛の仏像だ。また機会があれば出会いたい仏像のひとつだ。
2021年1月3日日曜日
特別展「相模川流域のみほとけ」⑥(寒川安国寺の大日如来)
U案内人が注目した仏像にこの寒川安国寺の大日如来があった。近年、表面の漆地や面部が修理されているので見た目にはわからなかったがまぎれもなく平安時代後期の定朝様式の仏像だ。「ミズノ先生の仏像のみかた」によると、仏像は2種類にわけられ「虚の体型」「実の体型」があるという。天平時代の伝日光・月光や神護寺薬師如来に代表する平安時代前期の仏像は胸をぐっと張って堂々とした体になっておるのに対し平等院阿弥陀如来のように人間の理想の体型を追い求めた「虚の体型」となり、運慶が登場する鎌倉時代は「実の体型」にもどるという。本像は宝冠をかぶり胸前で智拳印を結んでいるが胸板は薄く定朝様式だということがわかる作品だ。U案内人がそこまで見抜いて注目の仏像にあげたかわからないが名仏師により製作された仏像であろう。
2020年12月31日木曜日
悲田院の阿弥陀如来
泉涌寺を出て、今回の京都非公開文化財特別公開の目玉である泉涌寺塔頭悲田院の阿弥陀如来を見にいった。快慶作と分かったのが最近のことなので今回初めての特別公開となった。もとは平安期に創建した法性寺を荒廃したため鎌倉期に九条兼実が再興した「後法性寺殿」にあったと伝えられている。悲田院では客仏扱いのため本堂の隅に置かれて展示されていたので、かえってより近く拝観できてよかった。2017年の奈良博快慶展では光背なしの展示のため今回が初めて見る光背付きの阿弥陀如来であった。光背の赤色がみごとで、目を見張った。髻が高く表現されており元は宝冠阿弥陀如来であることがわかる。宝冠阿弥陀如来は3種類あり真言系の紅頗梨色(ぐはりしき)阿弥陀如来、天台系の常行三昧の本尊、そのどちらでもない阿弥陀如来である。紅頗梨色は赤色を意味するが日本では赤色の作例はほとんどない。悲田院の阿弥陀如来が後法性寺殿にあったならば天台の寺院のため常行三昧の本尊として祀られていたであろう。快慶が若いころに制作した仏像なのでわざと光背に赤い色を用いて造ったのかもしれない。裏道を通って東福寺に向かうため、悲田院をあとにした。
2020年12月28日月曜日
慈眼堂の千手観音
清凉寺がコロナ禍の影響で16:00で拝観時間が終了したので近くの慈眼堂へ向かった。雑誌の念持仏特集で藤原定家の念持仏として紹介された仏像だ。官界を離れて嵯峨に隠遁した定家は、千手観音の傍らで「小倉百人一首」を撰したという。現在は中院町文化保存会で保存しており、堂外から常時拝観できる。お賽銭を入れると中の照明がつく鎌倉辻薬師堂方式での拝観となった。のぞき窓からわずかの時間拝観できたのでよかった。帰りの喫茶店の店主に中院観音を見に横浜から来たというと驚かれたぐらい京都にはまだまだ隠れた秘仏があると感じた
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