2014年4月13日日曜日
2014年4月5日土曜日
観音の里の祈りとくらし展②(丁野観音堂の十一面観音)
今回の「観音の里の祈りとくらし展」で1番印象に残ったのが岡本神社に隣 接する丁野(ようの)観音堂の十一面観音だ。全国的にも珍しい6臂(ろっぴ)の坐像の観音で平安時代の作。岡本神社は長浜市小谷にあり、あの戦国大名浅井長政の居城があったところからほど近い。観音像の背中の大きな割れは織田と浅井・朝倉連合軍が激突した姉川の合戦のおり、村人が避難させた際誤って落としたときできたという。像高は1メートルあまりと坐像としては大きく、髻を結い炎髪の忿怒相を表す頂上面と頭上面十面を配する。図録によると観音堂は住職を置かないため、「宮世話」と呼ばれる村人の組織が観音様を守っている。まさに今回の展覧会のテーマにふさわしい観音様だ。浅井の旧臣という気概をもって村人が交代に守っているという。穏やかで端正な顔立ちがその歴史を感じさせる仏像だった。
2014年3月29日土曜日
法隆寺宝物館(伎楽面)
藝大の「観音の里の祈りとくらし展」を拝観したあと、東博の法隆寺宝物館 に向った。法隆寺宝物館には1年前の冬と先月訪れたが、第三室の伎楽面(ぎがくめん)が保存のためいつも閉まっており、今回は年3回の貴重な公開日であったため、初めて第三室に入った。会場は思ったよりも明るく1400年前から伝わる法隆寺の宝物をじっくり鑑賞できた。またちょうどタイミングよくボランティアガイドの説明と出くわしより深く理解できた。伎楽とは大型の仮面をつけ、寸劇を交えながら、音楽とともに野外を練り歩くという仏教の儀式で、昨年いった當麻寺では今でも行われている「練り供養」として残っている仏教儀式だ。法隆寺の伎楽面は東大寺や正倉院より古く、7世紀にさかのぼるのはこの伎楽面だけだ。伎楽面はどれも思ったより大きく中には縦40センチぐらいのものもありヘルメットのように後頭部までつくられている。中でも印象に残ったのが、「崑崙」(こんろん)で説明によると美人の呉女にいいよって卑わいな振る舞いをしたために、力士にこらしめられる役を演じたらしい。他にもユニークな面が揃っていて興味がつきない。また訪れたいと思った。
2014年3月22日土曜日
観音の里の祈りとくらし展
本日(3月21日)東京上野の藝大美術館に「観音の里の祈りとくらし展」を見 に行った。滋賀県の仏像展は何回か行っているが、今回は長浜市主催の展覧会とのことで、北近江の観音様だけの展覧会となっている。白洲正子や井上靖など多くの作家・文化人を魅了してやまない、北近江の観音様は国宝の渡源寺十一面観音や村の娘さんのような石堂寺十一面観音など魅力的な観音様が多い。長浜市だけで100を超える観音様がおられるため、一般にはあまり知られていない観音様も多く、今回の出展一覧にも写真でも見たことない観音様があり、事前準備の必要性を感じた。浜松町の滋賀県アンテナショップで観音の特集が記載された機関紙などを購入してから展覧会に出かけた。会場では赤後寺の千手観音が正面中央に控え、奈良時代の木心乾漆(もくしんかんしつ)の菅山寺十一面観音や総持寺の千手観音など大小18体の観音様がところせましと展示されていた。なかでもよかったのが岡本神社の坐像の十一面観音だ。会場では大画面に北近江の観音様と人々の思いが伝わるVTRが流れており、よりいっそう興味が持てた。いつまでもいたい、気持ちを抑えつつ会場をあとにした。
2014年3月15日土曜日
法隆寺宝物館(半跏思惟の仏N156)
昨年の冬、訪れた法隆寺宝物館に一年ぶりに先月訪問した。この半跏思惟 像は東博のホームページに写真が掲載されていたもので、今回注目した仏像のひとつだ。台座の銘文により製作年代が飛鳥か白鳳期の製作と二つの説があるが、私はあえて飛鳥時代を押したい。飛鳥時代の早い時期に製作され、同じ時代の中宮寺「菩薩半跏思惟像」や広隆寺の「弥勒菩薩」に影響をあたえたのではないだろうか。右手の指先を頬にそえ、右足を左膝ににのせて何か考える姿の菩薩像を菩薩半跏像あるいは半跏思惟像という。この姿の像はインドや中国では釈迦の出家前であるシッダルタ王子の姿だといわれている。朝鮮半島・三国時代の仏像からの影響をうけ、胴と腕が異様に細く作られている。今回もVR阿修羅像の上映時間がせまっていたので早めに宝物館をでて帰りにミュージアムショップにて法隆寺宝物館の名品ガイドを購入した。48体仏は数が多いので、これからは見たい仏像をこのガイドで調べてから行こうと思った。
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