村上海賊の浪分観音
8日は宮島から船と電車を乗り継いで尾道に向かった。出発前にメールしてあった光明寺のご住職より拝観可能と返事が来たので坂道が多い道を向かった。本堂につくと法事中だったが電話するとお待ちしていましたと言われ玄関から宝物殿に向かった。中に入ると、千手観音が迎えてくれた。(別名浪分観音)お線香を差し上げてから奥様の説明を聞いた。この千手観音は向島の余崎城主の次男が船中の念持仏とした像高一メートル余りの平安時代の仏像だ。向島は因島村上の一族で奥様によると海賊というより海の治安を司ったとのこと。光背は後補だろうが村上海賊の帰依を受けて立派だった。奥様の話では檀家総代は村上海賊の末裔が勤めているとのこと。見仏記でみうらじゅん氏が「ダブル錫杖か」と叫んでいたが、錫杖と戟を持つスタイルだったが、表情には幼さがあり、その分だけ霊性のようなものを感じさせもした。他にも見仏記でプリティ観音とみうらじゅんが騒いでいた飛鳥時代の小金銅仏や韋駄天があった。奥様のはなしによると黒い聖観音菩薩は尾道で最古の仏像で、たしかに肩から細かいアクセサリーを下げており白鳳仏の特徴を表している。本堂にある善導、法然、西山といった上人像や二十五菩薩など盛りだくさんだった。残念なのがチャングムの誓い出て来ていた梵教印をした一光三尊像が見れなかっが見仏記の世界に十分に堪能して良かった。ひとつひとつ丁寧にご説明いただいた奥様にお礼を言って猛暑の中次のお寺に向かった。
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