2020年3月7日土曜日

特別展「毘沙門天」②(如法寺毘沙門天)

毘沙門天は四天王の多聞天が単独で祀られ毘沙門天と呼ばれるようになった
のは奈良時代からだといわれているが、その唯一の作例が四国愛媛県大洲市の古刹如法寺の毘沙門天だ。毘沙門天展最初の展示で像高30センチ足らずの小像だが興味深い木造乾漆造りの仏像だ。寺伝によると楠木正成念持仏と伝えられており江戸時代に信貴山の修験者より大洲藩士が譲り受けた畿内からもたらされた記録がある。ヒノキとみられる木心に布張りを行い乾漆を盛上げ両腕は金属心を入れこれに乾漆を盛上げ、毘沙門天の黒目と邪鬼の黒目に金属製の異材を嵌入(かんにゅう)している。足が短く肥満な造形は「出雲と大和」展で見た大安寺の多聞天に似て唐風である。裳裾(もすそ)を垂らさない軽快な服装は奈良時代の毘沙門天の特徴だ。邪鬼は一匹だと思っていたが2匹でひとつはのけぞり今一つは突っ伏して踏まれており興味がつきない。毘沙門天の世界に引き込まれた導入にふさわしい仏像だった。

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