午前中のきたまちお寺巡りでくたくたになりながら、ならまちにある「旬菜ひより」でランチをとり、ならまちのはずれにある阿弥陀寺に向かった。ここは南北朝時代に元興寺の一庵としてはじまったお寺だ、この塔頭に悲田院がありここが路地ぶらならまち・きたまち2026の公開寺院となっている。院内で説明者によると奈良時代に光明皇后が創建した興福寺悲田院を遷したものと伝えられ、当時の遺構は残っていないとのこと。そこに祀られているのが、三駆一佛観音。奈良市観光協会の人はいつ作られたかわからないとの説明だったがで月刊サライの記事によると「木造・漆箔、像高79.8センチ、室町時代末・16世紀後半頃。左腕の先に阿弥陀如来立像、右腕の先に薬師如来立像が「生えて」あるいは「湧き出て」いる様子を表すきわめて珍しい姿。観音、阿弥陀、薬師の功徳を一身に表しているとも考えられる。後世の修補で造像当時の金色が甦っている。(後略)」とのこと。阿弥陀寺住職ブログでこの記事が載っていることを知り事前に予習した成果がいかせた。路地ぶらの仏像は国重文から無指定まで多岐にわたり予習しがいがあった。この経験を来月も役立てたいと思う。




