特別展「毘沙門天」⑦石清水八幡宮の毘沙門天
明治の神仏分離・廃仏毀釈以前は普通に神社に五重塔や多宝塔が残されてい
たし、内部には大日如来や四天王が祀られていた。鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮にも五重塔が以前あり仏像があったとの記録がある。この毘沙門天は京都八幡市にある石清水八幡宮の多宝塔にあったということが像とともに伝来した厨子扉に記された墨書により知られる。右ひじを強く張ったポーズに特色があり、静岡願成就院の毘沙門天を思わせる運慶風だ。彩色に金泥塗を多用するところは快慶風だが、截金は補助的使用にとどまる。文様は幾何学文よりも雲龍・鳳凰・花葉などのモチーフが主となる特徴がある。顔は男性的で忿怒の相で玉眼を嵌入しているおり表情に生々しさがあり、金銅製の火焔の光背もすばらしい。運慶・快慶両方に影響を受けながらも個性を持った鎌倉時代半ば頃の慶派仏師の作であろう。クリアファイルを購入して奈良博物館をあとにした。
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