平成21年の紅葉真っ盛りのころ京都を訪れた。そのときは一泊二日で三千院
をはじめとした大原の寺と肥後定慶作の六観音が有名な千本釈迦堂や夜間紅葉ライトアップでみかえり阿弥陀の永観堂を訪れたり、昼間の紅葉が素晴らしい伏見・醍醐の寺を巡った。随心院のあと醍醐寺を訪れ秋の特別拝観で三宝院を訪問した。庭の景色はチラッとぐらいしか見ずに仏殿の快慶作弥勒菩薩を目指した。いつもは秘仏になっている弥勒菩薩を間近で拝観できるまたとないチャンスで足早に向かった。誰もいない仏間で快慶作弥勒菩薩と対面した。像高は1メートル弱だが見仏記によると精神がぴったと平静であり、はるか遠くまで意識を乱すことなく見通している顔つきをしている。鮮やかな快慶お得意の金泥塗りで五輪塔を両手で支え、丈の高い宝冠をかぶり、切れ長の目と厚めの唇で人間への親近感をあらわしているという。これがボストン美術館で見た弥勒菩薩と同時期に制作されたとは驚く。今年は奈良博で快慶展が開催され期間限定で弥勒菩薩も出展される。近頃出展一覧も発表され海外からの出展もあるという。開催を今から楽しみにしている。
昨年行った滋賀県立近代美術館開催の「つながる美・引き継ぐ心」展で東南
寺の地蔵菩薩に再会した。4年前日本橋の三井記念美術館で開催された「近江路の神と仏名宝展」展示されており印象が残った地蔵菩薩だった。本像は目尻を吊り上げ、口を強く結んだ表情には威厳があり、腹部やももを強調した表現には60センチ余の小像と思えない迫力に満ちている。造像は平安時代中期と考えられるが、平安時代前期の雰囲気もある滋賀県最古の地蔵菩薩だ。僧形神像として造像された可能性もあり吊り上った目や口角をあげた口元は神像としての霊威を十分に感じられる。近江で多くの神像の雰囲気をもった仏像を見てきたがこの地蔵菩薩もその雰囲気を持っている。博物館に寄託されているのが残念だが、お寺にあればより神像的雰囲気をかんじることができたであろう。
昨年の京都旅行の目的のひとつが鞍馬山霊宝館を拝観することだった。鞍馬
寺は以前訪れたが、霊宝館は本堂から離れたところにあり、訪問しなかった。叡山電鉄鞍馬線で鞍馬駅で下車し門前の紅葉を見ながら長い参道を息を切らしながら本殿金堂で一休みし霊宝館に向かった。霊宝館の二階が仏像の展示室になっており中央に平安時代の毘沙門天がいらした。京都の鞍馬寺に伝わる至宝の三尊は、毘沙門天を中心に向かって右に吉祥天、左に善膩師童子(ぜんにしどうじ)が祀られ、三体とも国宝に指定されている。鞍馬寺の毘沙門天は通常の持物である宝塔を持っておらず、左手目の上にかざして都を監視している。霊宝館にはそのほかに平安時代後期から鎌倉時代の毘沙門天も拝観できるが、本像が1番出来がよかった。そのことを霊宝館に置いてある拝観者のノートに書き鞍馬寺をあとにした。
平成21年春に開催された「国宝阿修羅展」で興福寺仮金堂に安置されている薬
王・薬上菩薩が出展された。鎌倉時代の製作で像高が3メートル半に及ぶ巨像で展覧会場で見上げるように見たのを覚えている。胎内納入品の木札より旧西金堂設置ということがわかっている。図録によると頭部が大きく、腹より上が短い寸の詰まったプロポーションで、腰を一方に捻るものの動きの少ない姿である。奈良時代の復古的な像が求められたという制約があったとしても、運慶の作風とは隔たりがある。運慶と近い奈良仏師の制作とのこと。興福寺国宝館が耐震工事のため丸一年休館となっているため、普段閉まっている仮金堂にて春と秋に「天平乾漆仏像郡展」が開催され江戸時代の釈迦如来・四天王とともにお馴染みの阿修羅や十大弟子や定慶作金剛力士など西金堂オールスターズが拝観できるとのこと。興福寺の仏頭の東金堂帰還とともに注目される。奈良博の「快慶展」を訪れた際、拝観したいと思う。