金沢文庫運慶展に前に仏像クラブで訪ねた埼玉県加須市の保寧寺の阿弥陀三尊が出展されていた。見知らぬわれわれに収蔵庫のカギを快く貸していただき仏像を堪能したことが印象的だった。作者の宗慶は瑞林寺地蔵菩薩に小仏師として参加したことからも運慶の兄弟子にあたるとのこと。両頬の張りが強く肉付きがあり肩の張ったガッシリとした体躯は宗慶の作風と言われている。運慶が永福寺の仏像を製作して関東を去ったあと慶派と鎌倉御家人との関係を維持してきたと思われる。先日鎌倉の永福寺跡の礎石を眺めながらそのようなことを思った。宗慶にはまだ知られていない作品が埋もれているように感じ会場をあとにした。
先日無事に閉幕した「特別展仁和寺と御室派のみほとけ」は1月から開催し
ていたが仏像クラブで訪問したのは2月の葛井寺の千手観音が来てからとなった。平成21年4月18日に葛井寺を訪問しご開帳された千手観音を拝観したが、その日は大法要にあたり経を唱えながら一心に祈っている女性の姿が印象的だった。会場では間近に露出展示でみられしかも360(サブロクマル)で鑑賞できてよかった。千手観音の造像は仏教文化が花開いた奈良時代。天平彫刻の名品である。この千手観音は本当に1000本あるいわゆる真数千手でしかもそれぞれに目が描かれている千手千眼観音だ。真数千手としては奈良唐招提寺の千手観音が有名だが953本しか現存しておらず、葛井寺像は日本の古代中世の作品としては、千本の手が認められる唯一の像とのこと。材質は奈良時代の貴重な脱活乾漆づくりで、聖武天皇の発願にて造像された。前回、仏像クラブで鑑賞した時見落とした頭上の化仏の「大笑面」を見たが、穏やかな微笑みをうかべており平安時代になると笑いとともに恐ろしさあわせもつ「暴悪大笑面」と一線を画す表現になっており天平彫刻のおおらかさを感じた。いつまで見ていたかったがグッズのコーナーで千手観音のポスターを購入し名残惜しいが会場をあとにした。
今回の金沢文庫運慶展では、運慶の兄弟弟子の作品も展示されていた。伊豆
修善寺の大日如来は運慶の兄弟弟子「実慶」の作品で仏像の胎内から実慶の墨書を「吉備文化財研究所」の牧野氏が発見した。2011年11月の鎌倉国宝館での展覧会出展を書いた「仏像クラブブログ」では仏像の表面が修復されてなく精彩にかく雰囲気であったが、今回はとてもきれいになっており驚いた。昨年秋に東博運慶展で見た円成寺大日如来のように髻を高く結い上げるのが慶派の特徴だとわかる。仏の瀬谷さんも言う通り運慶が永福寺にいたころ製作された鶴ヶ岡八幡宮寺の大日如来や真如苑真澄寺の大日如来に通じる作品と言っている。失われた運慶作品をこの大日如来でしのぶことができる。じっくりと鑑賞して会場をあとにした。
今回の展覧会では国宝の仏像4体が出展されるが、仁和寺2体と大阪の葛井
寺と今回取り上げる道明寺の十一面観音だ。道明寺の創建は飛鳥時代で土師氏の氏寺として建立され、土師氏に菅原姓を賜りのちに菅原道真が寺伝によると道真の叔母が住んでいることでしばしば道明寺を訪れこの仏像を刻んだと伝えられている。道真が30代で造ったかは分からないが、像の印象は若々しさを感じ、井上正氏も「清純な相貌と溌溂たる肉身に加えて、その衣の神秘的な動きを忘れることはできない」といっている。図録によると冠や後頭部の垂髪の形状などの形式が中国・唐時代の彫像に通じている。着衣の衣文は私が京都で見に行った法菩提院の菩薩半跏像に通じるうごめくような触感を表す一方、肉身にはかたい弾力を感じさせた。大阪弾丸ツアーの際最後に印象に残った名仏に再会できここちよい思いをして次の作品に向かった。
運慶の梵天には平成24年に瀧山寺を訪問してから6年越しの再会である。
平成23年の金沢文庫運慶展で帝釈天、昨年の東博運慶展で聖観音、今回の金沢文庫運慶展で梵天と関東に3度出展されたことになる。等身大の聖観音に比べ増高1メートル弱だが間近にガラスケース越しに表裏が見え、よかった。事前に山本勉先生の「運慶仏像の旅」を読んで必見ポイントを押さえてからの鑑賞となった。山本勉先生の必見POINT1は「額に第三の目」。鎌倉時代製作の密教像の本作は多面多臂(ためんたひ)で表され運慶作品では唯一のもの。必見POINT2は「頭の上に女性の顔」梵天の妻弁財天を表す。必見POINT3「正面とは異なる表情」後世の補色で分かりずらいが、正面の顔と微妙に違う。必見POINT4「軽やかな天衣」天衣を肩から外して腕に垂らしているありさまは優美で艶やか。金沢文庫運慶展をまだ鑑賞されていない方はこれらのポイントを押さえて見られることをお勧めする。会場には昨年の東博運慶展で聖観音がつけていた装身具が展示されており、より間近にみれてよかった。