龍岩寺を後にして、次に向ったのが宇佐の大楽寺だ。以前BS11で「国東半島
千年ロマン〜悠久の仏たち〜」という番組を見て、すっかり虜になったお寺のひとつだ。ちょうどお寺の行事の準備の最中だった御住職が収蔵庫の扉を開けていただいた。中には降魔印の130センチ強の弥勒仏と「九州仏」展にも展示された両菩薩。そのまわりを四天王が固め。いずれも平安時代後期の仏像だ。宇佐八幡宮の廃仏毀釈のあおりをうけて多くの仏像が保存状態が悪いのが宇佐の仏像の現状だ。しかしこのお寺は修復がすばらしかったのか、保存状態がよかった。脇侍の菩薩立像は左右対象でバランスがよい。富貴寺や真木大堂と同じく宇佐を代表する仏像のひとつだ。住職が席をはずしてからもじっくりと鑑賞し住職に礼を言ってその場をあとにした。
弥勒菩薩とは釈迦が入滅後26億7千万年後に現れるという、未来仏で京都広隆
寺の仏像が有名だが、そのルーツの仏像はどんなんだろうと興味を持ちながら、表慶館の2階の展示室に向った。みうらじゅん・いとうせいこうが「ブロンソン」と呼んでいた仏像が二階に上がるとすぐ見えた。ブロンソンとはアメリカの俳優でチャールズ・ブイロンソンのことをさしている。頭髪を結い上げ水瓶(すいびょう)を持つ姿はバラモン教の最高神ブラフマン(梵天)との共通性が強い。結跏趺坐し厚い胸板が肉感的だ。胸の飾りや腕かざりなどにガンダーラ美術最盛期の特徴がみれる。それにしても日本の弥勒菩薩との違いに驚かされた。インドのそれがシッダルタ王子の貴族の姿を意識したものに対し、日本の仏像はブッタを意識した弥勒如来の姿で描かれるからであろう。いずれも正解で二つの文化を比較でき興味深く拝観できた。他の展示を見にその場をあとにした。
浮嶽神社を参拝したあと、タクシーで大悲王院千如寺に向った。お寺につくと若
い僧が応対してくれて、参拝者がくるたびに厨子の扉を開けて御開帳をしていただける。厨子の中には高さ5メートルの千手観音観音が祀られていた。後で「芸術新潮」を見て知ったのだが、この仏像も大仏師西村公朝氏による修理が施されている。修理を終えて立てかけようとした矢先、厨子の金具がはずれ落ちてきた角材を合掌する中指で飛ばし、村人たちを守った観音様の奇跡がおこったことが記載されていた。室町時代の作だが、たしかに修理後のきれいに整っている仏像との印象を持った。西村公朝によると事故の際、修理前に魂抜きをした仏様が危険をみて、仏のほうからこの木像に飛び込んでくれたのだろうかと著作のなかで記載してあるとのこと。この話を事前に知っていれば、どいだけ感動したことだろうかとあとで思った。拝観を終えて博多に帰るためタクシーに乗り込んだ。
インドの仏展1番のイケ仏がこのロリアン・タンガイの仏坐像であろう。ロリアン・
タンガイはガンダーラに残るおびただしい数の仏教遺跡のひとつで、発掘当時の写真が会場や図録でもみることができたが、どれも一級品のガンダーラ仏が30体以上ならぶ様は圧巻だ。それがすべてコルタカ・インド博物館に所蔵されているという。その中の選りすぐりの仏像が今回展示されている。衣は偏袒右肩で結跏趺座し、深い瞑想の中で微笑みを湛えた顔つきは女性ファンをうっとりさせる仏像だ。会場にはインド土着の顔つきのマトゥーラの仏像も展示されており比較しておもしろっかった。いつかコルタカ・インド博物館に行って、ロリアン・タンガイの仏像を全部みたいと思った。